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【禅の高僧との問答】≪哲人・中村天風先生抄」より≫≪石川素童禅師≫≪本舗≫

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【本の著者は50歳で中村天風師に教えを受け、長年にわたって天風会京都支部長をされ、平成九年で100歳を迎えた橋田雅人氏(元京都市歯科医師会理事)で天風先生の歯の主治医として、貴重な話が沢山掲載されていての活き仏と世間の多くの人から崇められた石川素童禅師と中村天風氏との、将に禅のバトル「禅問答」です】


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世間≪情報や本舗≫の人々から、活き仏と渇仰尊敬された、かの有名な禅師、曹洞宗中興の祖と信徒の全てから崇められた石川素童禅師(1841~1924)が、哲人の門下の一人となった。

これは、ちょうどこれまた当時日本一の儒聖として文名のあった、杉浦重剛先生(1855~1924)と“東洋のネルソン”と呼ばれた一代の聖将・東郷元帥が、相伴って入門したのとほとんど時を同じくしていた。いずれもそれは、大正の終わり頃である。

ただその入門の動機には、素童禅師の場合は、後二者の方とやや異なるものがある。杉浦大先輩は、哲人の恩師である頭山立雲(満翁)と徳富蘇峰先生の紹介で来会し、

東郷元帥は、日高海軍大将と第一高等学校の名舎監であった谷山初七郎氏の紹介で入門したのであるが、素童禅師は、せんじつめると、哲人との禅問答が、その因をなしている。極めて興味ある事実が、この哲人と一代の名僧との縁起の動機となったのである。


そもそもの事の起こりは、哲人の言論の先輩である田中舎身居士(1862~1934)が、ある時、「南条文雄(文学博士で僧侶)が、『信仰と信念』という講演をやるからと招待状をよこしたから、同行しないか」と、哲人を誘い、鶴見の総持寺に行った。その時に、庫裏に一人の老僧がいた。そしてその老僧が、何くれとなく、極めて気軽に来賓に点茶して愛想よく接待しているので、それを舎身居士も哲人も、まさかに一代の名僧・石川素童と気づかなかった。

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哲人のごときは何の気兼ねもなく、「おい、もう一杯ください」と、無遠慮に、差し出されるままに茶を飲み、菓子を食し、例の通りの虚心恬淡の天衣無縫ぶりを発揮されたらしい。すると大悟徹底されている禅師は、少しも意に介せず、というよりは、むしろ好ましげに相槌を打たれていた。

その時、南条博士が入室してきて、舎身居士に、「石川大上人をご紹介しよう」と、いとも丁重に礼を厚くして紹介された。その言葉を耳にした哲人は、(ハハァ、どうりで普通の人とは違った優れた風格のある人だと思った。・・・が、そうとも知らず、かなり勝手に振る舞って、いささか申訳ない)と、心中ひそかに思っていると、

舎身居士と初対面の挨拶を終った素童禅師は、やおら南条博士を顧みて、「あの若い方は誰じゃな?」と、哲人を指した。もちろん、南条博士は哲人と知己でないので、「さあ、誰でしょう」と言うと、舎身居士が、「こやつは玄洋社の暴れん坊で、頭山翁の門弟の中でも有数な偉い奴で、わしの弟分の天風ちゅう男です」と、何と実にあきれ返った紹介をしたそうである。

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元来、田中舎身という人は、実に悟りきった論客であった。現に(胃癌で)死ぬ時床の上に座ったまま、「俺は山岡鉄舟と同様、座禅したまま死んでみせる」と言って、その通り座勢のままで他界したというくらい気の強い人なのだ。

そういう傑れた人だけに、早くから哲人と兄弟同様の親交を続けていたのである。要するに、同気相求めて肝胆相照らしたのであろう・・・。

すると、この無造作で乱暴な舎身居士の紹介を耳にした素童禅師は、眼を細めて、「うん、そうじゃろう。・・・確かに偉い人じゃ、あんた達よりは・・・。眼でわかる」と、ポツリとつぶやくように言った。

それから哲人の方に向かって、「蒼龍やがて雲梢に昇ろう!!」と言った。その言の終わるか終わらぬうちに、「ご配慮ありがとう。・・・でも、もうすでに雲梢に昇りつつありです」と、哲人は昂然として答えたのだ。
 
すると禅師が、「やあ、ますますよろしい。皆さん!!愚僧の居室に来なさい。もう少しの間、この人を中心にして話したいから・・・」と、哲人を見ながらそう言って、その座にいる一同を連行し、上人の居室に招じ入れた。そして「さあ」と各自に座布団を勧められ、自分も褥の上に裾座した。

と見ると、禅師だけが座布団を二枚重ねて座っているので、哲人が、「禅師だけが座布団を二枚敷かれるのは?」と気軽に言うと、禅師は、ニコッと笑顔して片手を上げ、床の上に置いてある木魚を無言のままに指す。

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つまり木魚さえ三枚の座布団を敷いているから、わしが二枚敷くのは当然よ、という意味らしい・・・と、そうと知ってか知らずか哲人はふと立ち上がり、いきなりその木魚の前に座して、かたわらにある打棒でポクポクポクポクと木魚を叩き出した。

暫時黙然と木魚を凝視してから、やがて丁寧に木魚に一礼して立ち上がり、自分の座に帰ると思いきや、いきなり禅師の頭部を、木魚の打棒で軽く三回叩いた。この非礼の行為に、禅師は半ば怒り半ば驚いたように、「何をする!!」と、低力のある声で不興気に言った


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哲人は、さもおかしいという顔で、禅師を座布団から引き降ろすようにして急いで上の座布団を取りのける。
「木魚はいくら叩いても怒らん。・・・が、貴僧はちょっと頭を叩かれただけで怒られた。すると、まだ二枚敷くのはどうかと思う。私が敷きますわ。」と、一休禅師の故事にならったように、その座布団と自分の座布団を重ねて、どっかと趺坐したのである。

すかさず、今度は禅師が問答に常用する笏棒で、ピシリと哲人の肩先を強く打った。すると哲人は、ひとしおニコニコしながら、「ありがとう!!禅師の痛棒をいただくとは。でも、お年のせいか痛くありませんよ。もっと力を入れてください。」と、ひと膝進めた。禅師はやにわにその笏棒を投げ捨て、舎身居士を顧みると、「なるほど、ほんとに偉いわ」と言ったそうである。

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これが動機で、禅師、六十五歳にして天風会に入門したということを、その時哲人に随行していた菱田将軍(舎身居士の遠縁)が、折りあるごとに会員に話していた。そして、また、哲人に向かって禅師は、「禅定五十年、いまだ徹せざるものに徹し得た」と、感慨無量に言った。すると、その時かたわらにいた杉浦儒聖は、「活き仏にして、なおその言葉ありや?」と言う。笑んだ禅師は、「悟諦これ無尽蔵」と、莞爾として答えた。

すると一部始終を黙然として聞いていた聖将・東郷元帥は、いく度かの生死を乗り越えてきた尊い体験を回顧してか、「その通りじゃ」と、強くうなずいたという。


素童禅師よりも二十年も若年であった天風師が、「貴僧は既に悟入徹底の方とお見受けするが、何の要あって後輩者の説を聴こうとされるや?」と、問うたところ、率直に、しかもしみじみと禅師は、「悟入徹底未だし、況んや教法の実行に於いておや。人生というものは、なかなかもって悟れるものではござらん」と言い、実に遷化(死去)の間近まで杉浦先輩と同伴で、熱心に聴講していた。

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実際、その真理に対する謙虚の態度は、演壇上から思わず合掌したい気持ちにしばしばなさしめられたという、天風師にとって、価値の高い思い出がある。

そして、降壇後、親しくかたわらに来てうやうやしく合掌礼拝され、「今日もまたありがたいかな。煩悩心が洗われました」と、心の底から感謝されるのには、当時まだ若輩たりし天風師としては、思わず内心忸怩たるものをしばしば感じ、いっそう自己の研修心に拍車したものであったという。

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Comments

初めまして
当方のHPへリンクして頂きありがとう御座います。
どちらでお知りになったのでしょうか?

Posted by: Mark | October 05, 2005 06:10 PM

Markさんこんにちは!ネット検索中にお宝発見、勝手にシンドバッドしてしまいましたが、二つのお話しともベストセラー作品
多くの人がこの詩で!言の葉で!多くのひとが「ココロ」癒されるならと・・・マークさんのネット配信に感謝と勝手のお詫びを!

Posted by: 情報や本舗 | October 16, 2005 07:03 AM

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