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_news_21Q84」好調売り上げで6月現在100万部超えて、昨年5月に発売されたbook1・2巻の244万部を会わせると344万部の大ベストセラーとなっている!

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”ミリオンセラー達成確実!の本   「1Q84」(全2巻)という【長編小説】 ”
                

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2日間で実売部数が推計約10万部という本が!村上春樹の新作長編「1Q84」(全2巻)この一風変わったタイトルもビックリマーク「!」ですが、発売直前までは作品の情報(表題と発売日以外登場人物の名前すら不明)がまったく知りえない状況という本だったのですね!

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昨年、新潮社から書き下ろしで発刊されて1年がたとうとしているが昨年の内に「BOOK1」「BOOK2」の全2冊あわせて200万部を超えている!この一風変わったタイトルの本も、人気はとどまらず、14版・15版と何処まで行くのか?

村上春樹といえば「ノルウェイの森や「海辺のカフカ」などの作品で知られ、日本のみならず世界中に多くのファンを持つ作家ですよね。累積販売部数が900万部というノルウェイの森」といえば小説の中にこの行(くだり)が「…ドイツ語の授業が終わると我々はバスに乗って新宿の町に出て、紀伊国屋書店の裏手の地下にあるDUGに入ってウォッカ・トニックを二杯ずつ飲んだ。…僕は黙ってセロニアス・モンクの弾く「ハニサックル・ローズ」を聴いていた」・・・・当時はジントニックとか今若い人に人気の出始めた昭和の飲み物?ハイボール!ウオッカトニックは飲んだ記憶はないかな・・・・・

Harukishogatsu14w 【DUG=ダグ】


ここに登場する”DUG"というジャズ喫茶というより、ジャズルームといったほうが似合う、とてもお洒落なお店でした!というのも今回のニュースを見聞きして当時の思い出が再び!グーグル検索で深みに落とし入れる凄いサイトがありまして、なおさらの事でした

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東口近くに「ビザール」というジャズ喫茶があってドイツ語の授業ではなかったですが小説同様にバスでもなく、ダグでもなく、この「ビザール」に行っては、何かしら本を読みながら耳は心地よく流れるスゥイングジャズに傾ける(時に客のリクエストでハードジャズが流れると顔中央がシワシワ状態・・・


セシルテイラーだったかな?)そんな時は、スタイル抜群のレジ係【リクエストのレコードもかける】の確か「レイちゃん」を見つめたり、時折現れるエキゾチックな美人オーナーママに一眼集中?だったり【学生を終えてからも通ったお店でした】


Harukitokyojazz16 【ビザール

どんな店でも必ず居るのが「ご常連」と称する人!ビザールにも当然のことながら、居ましたねというより狭い店で3人掛けの教会スタイル!隣人?同士になる確率で自然知り合いになるのですね、同郷の3人の友人とよく通ったわけですが?友人より気の合う常連の「ヒデさん」と知り合ったのが」、それこそ「いい友の和」になって、ジャズ好きの明治大学に通う「ホウちゃん」放蕩癖の"放”か?法学部の"法”かの謂れは定かではない!その「ホウちゃん」ある時ビザールに連れ立って来たのが「来たの?」「北野!」そう、いまや世界の人となった当時明治大学に席のある頃の北野武君=ツービートと知り合うキッカケでもあったのですね!私に「ギリ」とあだ名をつけたのもタケシ君でした!タケシ君とのエピソードはあまりにも多すぎて『別途書きこみ予定』・・・・
Photo 【北野武君】


もう一人、ここで知り合って親交が深まったのが桂重高君だ!私より2才下の将に好青年だった!彼は東京芸術大学でパーカッションを履修して、どういうわけか打楽器科卒なのに管楽器のフルートが得意だった!学生時代からプロとして活躍していた。

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彼が良く通っていた代々木の、やはりジャズのお店で「ナル=NARU」!そこでセッションをしていたのだが、その後編曲の仕事が本格化して「木田高介」と名を変えて【お互い、多忙となり会う機会も少なくなったのだが】・・・神田川=かぐや姫=・私は泣いています=リリー=・結婚するって本当ですか=ダカーポ=・出発の歌=上条恒彦これら数々のヒット曲の編曲を手がけた彼ですが・・・1980年5月の不運にも友人と交通事故で逝ってしまった、僅か31才でした!訃報に触れ、遠きにありきだった為又家族構成も知りえず!自宅の連絡先かお、母様には電話でお悔やみを申し上げました【詳細はウィッキペディアで】

13010089_1382_2  【キャット】


常連の「ヒデさん」に新宿の空が夕暮れに染まる頃、連れて行かれるのが同じく東口近くの「キャットというジャズバーでした!物静かな太田さんというマスターが一人でカウンター内で物静かに客とお付き合いをするといった、どうと言って特徴のあるバーでもないのですが、考えるにマスターのただただ魅力でもって多くのジャズ好きで、話好きな客が何とはなしに集まって来ていたジャズショットバーだったのですね

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さてさて、話を戻して「ノルウェイの森」に登場する紀伊国屋書店の裏手から地下にもぐるジャズルーム「DUG」は「キャット」のマスター太田さんからボサノバのジャズを聞かせるお洒落な昼はティールーム夜はドリンクバーになるというお店がオープンしたと聞かされて「ビザール」「キャット」の仲間と何度となく通い始めたのですね!思い出すに階段の壁に”マイルス・デビス”のポートレートを中心にかけてあった記憶がある!当時ボサノバブームで確かスタンゲッツの曲が多く流れていたのではないかな・・・・【ダッグ・ビザール・キャットともに地下の店でジャズの店というのも何かの・・・かな?】

Photo_3  【この頃集めたマッチはどこへ?】

そうそう当時は禁煙もうるさくなくと言うよりタバコがファッションの一部だったのでは、タバコにはマッチが付き物ですよね?とてもお洒落なマッチを提供している店に出向くといった、やはりファッションだったのですね。ご他聞にもれず「ビザール」「キャット」「DUG」のマッチは持ちあることが新宿ジャズマン・ウーマンのステータス・シンボルであり、現在のように携帯電話などない時代の情報伝達手段の一つだったかも(ビジネスカードとしての役割も兼ね備えていたよ】

Photo_2 【和田誠さんのイラスト=ウイキペディアより】


特に「DUG」のマッチデザインはイラストレーターの「和田誠」氏のデザインでしたね!当時の日本専売公社の一番人気のヒット商品タバコ「ハイライト」のパッケージデザインも「和田氏の作品でそのほか多くのデザインを手がけています!私はこだわりのショートピースを缶入【通称ピーカン】と大型マッチを持ち歩いた記憶があります

故「桂重高=木田高介」君が編曲家として活躍始めたころの、1975年国分寺で「ピーターキャット」という名のジャズ喫茶を「村上春樹氏自身が経営していたことは今回の書き込みで検索結果として知り得た事でした!

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