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≪情報や本舗≫≪トラコテの水≫≪ルルドの水≫≪ノルデナウの水≫≪ナダーナの水≫≪アセア=ASEAの水≫

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世界には、飲むだけで病気が治るという「奇跡の水」の話を聞かれたことがあると思います!フランスのルルドの泉、メキシコのトラコテの水、ドイツのノルデナウの水、インドのナダーナの水、

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そして「奇跡の水」ではありませんがアメリカのアセア(ASEA)の水!・・・【最後に動画と説明】⇒

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                                                             ■トラコテの水(メキシコ)

メキシコのトラコテという小さな村の、ある牧場の井戸から湧き出す水が、さまざまな病気を治す「不思議な力を持つ水」として、海外からも数多くの人々を集めています。

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伝説の始まりは、1991年、犬の散歩中、怪我をして倒れてぐったりしていた犬にこの井戸の水を飲ませたら突然歩きだした、という出来事でした。それ以来、年間300万人ものその噂を聞いた人がこの水を飲み、神経麻痺や糖尿病、子宮がんなど様々な病気が治った、軽くなったという話が続いたのです。

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2000年11月26日、日本テレビで放送された特命リサーチ200Xその中で紹介されたメキシコ奇跡の水が、万病を治すといわれている 「トラコテの水」この水の分析結果から活性水素を多く含んでいるということが判明しました。

≪現在は厚生省薬務課の指導から、活性水素水という言葉は、概念・その効能は科学的・医学的に立証されていないこともあり、不適切だとされ、単に水素または水素水、水素豊富水という表現に・・≫

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その奇跡の水の分析結果を発表したのはウルグアイのモンテビデオ総合病院です!驚くことに、エイズ100%・アレルギー99%・皮膚疾患96%・消化器疾患91%・呼吸器疾患90%・糖尿病88%・骨関節炎87%など、多くの病気が改善されるというものです。

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この水は、前記のようにエイズや癌などの治療や 難病にも効果があるといわれ、バスケットファンならずとも知らない人はいない、元MBA選手でHIVウィルスに感染したマジック・ジョンソン氏もトラコテを訪問していたそうです

自然界の中で、この水素を含んだ水は非常にまれなことだそうです。水素とミネラルが結びついて体内にできる毒性のある活性酸素を取り除き免疫力を高めアレルギー・糖尿病・リウマチ・高血圧・がん・アトピーなど現代医学では治りにくい病気が治るのではないだろうか?といわれています。

■ルルドの水(フランス)

フランスのルルドの泉には1858年に少女ベルナデッタが聖母マリアからお告げを受けた場所を掘ったところ、水が湧き出たという伝説があり、その水には、怪我や病気を治す力があるといわれています。

Okuirise_keiryu≪イメージ映像≫


今ではルルドは、年間500万人の巡礼者が訪れる、カトリック最大の聖地です。そのため、泉が枯れてしまわないように、豊かに湧き出る泉は見学のみ、というルールで、観光客や巡礼者達は、泉から引いた蛇口で「奇跡の水」を汲むことになっています。ルルドの町には、水を入れるポリタンクやマリア像を売る土産物屋が多く並んでいます。

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また、泉の水を使った沐浴場が造られていますが、「1日何千人もの人が入って白く濁っているのに、この水には、なぜかバイ菌がまったくない」という話もあります。

しかし、ルルドの泉で病気が治ったと自己申告をした人は、1862年以来6700人にものぼりますが、泉が発見されてから現在までに教会から正式に奇跡と認定された症例は、わずか66例しかないということです。奇跡の認定数が少ないのは、教会側が厳しい基準を設けているのを裏付ける証拠ともいえますが、その厳しい基準をパスして奇跡と認められた症例が、果たして本当に奇跡であったのかどうかについては、よくわからないというのが現状です。


■ノルデナウの水(ドイツ)

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ドイツのノルデナウという人口300人の町にある洞窟で、大変きれいな水をたたえた泉が発見されました。1991年この土地でホテル業をしていたトメスがオランダ人の客からワインについていろいろ注文をつけられた為、それなら自分でワインを選んでくれ、とワインの貯蔵庫にしていた廃坑に連れて行ったところ、その客は驚いて「ここは強いエネルギーを感じる。ここの湧水を飲むと病気が癒されるだろう。」と話したといわれています。


その噂が瞬く間に広がり、実際に様々な病気が癒され、チェルノブイリ原発の事故では白血病が治った人もいたそうです。

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今では奇跡を求めて、1日に何百人という人びとが、この洞窟を訪れているのです。
また、ガーデック医師はホテルの隣に診療所を開設し、多くの患者さんを診察・治療しながら、彼が「ノルデナウ現象」と名付けた不思議な病気改善効果について研究してます。

■ナダーナの水(インド)

Yu_sunayu11≪イメージ映像≫

インドのナダーナ村で、1992年、すでに枯れてしまった井戸から再び水が吹き上げ始めました。


この時作業をしていた一人の井戸掘り職人が、作業中、目に雑菌が入り、井戸水で目を洗ったところ一晩で回復し、さらに持病の夜盲症まで治ったのです。

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そして、何人かの村人が水浴びをすると皮膚病が治ったり、5歳の小児麻痺の少女がこの水で一週間で治って歩けるようになったりということで、たちまち評判になり、「ナダーナの神秘の水」は、噂が噂を呼んで広まり、今では毎年50万人もの人が押し寄せているそうです。

「トラコテの水」も「ルルドの水」も「ノルデナウの水」・「ナダーナの水」により起きている現象は、水に含まれる水素水とミネラルの働きによる「その謎」が判明しつつあります!

Azo「奇跡の水」の謎を解明するため、これまで何度となく科学的な調査が行われてきました。成分分析をすると・・・・⇒【続きを読む】


活性すると言われる、水素水のようなものは、それによって細胞の働きを促進するという役割ですし、ミネラルは、それによって栄養分を細胞に届ける」という役割です

■「ASEA」は、それとは全く違いいます「細胞の修復材料そのもの」なのです【詳細は右のカテゴリー≪アセア=ASEA≫でお確かめ下さい!


Agazineprosper

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≪情報や本舗≫≪杉原千畝≫≪日本のシンドラー≫≪6000人のユダヤ人の命を救う≫≪映画化・・・12月5日封切り!≫

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今年、想像を絶する大地震とそれによる大津波が東北の沿岸を襲った。震災後に、大船渡三陸町に支援が入った プレハブ6棟 医療設備と共に60人のイスラエル人が9000キロ離れた日本へやって来た


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とても大切な理由の背景をもって、それは日本のシンドラーと言われる杉原千畝の存在が、テレビ番組の特集でクローズアップされていた!6000人のユダヤ人を救った杉原は正しいと思ったことは貫くという信念の男だったと・・・

≪ナチスは、ユダヤ人を抹殺しようとしたとき、4分の1ユダヤの血が混じっていたらユダヤ人としたそうだ≫

1939年リトアニアに日本領事館開設で領事館代理を命ぜられて赴任した杉原は、当時ソ連とドイツの対立で中立国のリトアニアでの情報収集も仕事の一つであった


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ナチスドイツのポーランド侵攻を1ヶ月前に察知した杉原は本省《外務省》に送ったのです。イギリス・フランスがドイツに宣戦布告、ヨーロッパ中が戦火の下に、ナチスはユダヤ人を捕まえては強制収容所に送り込んでの大量虐殺《ホロコースト》

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1940年、杉原はある朝、異様な気配に目を覚ましたという。領事館の窓から外を見ると、沢山の人々が血走った目をして、叫び声をあげ、日本の通過ビザの発行を求めて来ているのでした、彼ら《ユダヤ人》は、ポーランドからナチスのユダヤ人迫害から逃れてきた人々だった

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ナチスドイツのポーランド占領という事態に、ヨーロッパからの脱出を試みる人々に、杉原は人道支援ではないが、過酷な運命を背負うユダヤ人の命は絶対的なものであると、ビザ発行の許可を取るため松岡外務大臣宛てに、何度となく打電しますが返電なく、ようやく来た回答は、目的地の無い物《ビザ》は駄目であると

領事館代理の権限で彼らたちを救おう、そして、そのため処罰を受けようと人間としての信念を貫かねば!とビザを書き続けたのです、


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領事館を閉鎖してからもホテルで書き続け、杉原の腕は腫れあがり、万年筆のペン先は、何度となく折れ曲がりながらも書き続けたのです。

書き込み発行したビザは2139枚だったそうです【ビザは、1家族につき1枚あればよかったことから、救ったユダヤ人の数は、少なくとも6,000人と!】

1947年、夫人と二人の子供と日本に戻っては来たものの処罰覚悟で、執った行動の責任による解職。仕入れて物を売る雑貨屋や電球売りで食いつなぐなか、得意のロシア語を生かした商社の営業の仕事が舞い込み、単身ロシアに赴任する


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その後、日本に戻り1968年のことです杉原68歳の時、彼の許へ一人のユダヤ人が訪れます。手にはボロボロになった杉原の発行した当時のビザを手に目には、いっぱい涙を溜めながら「ミスター・スギハラ、私たちはあなたのことを忘れたことはありません!」と杉原にお礼の言葉を述べたのです

世界中のユダヤ人が杉原のことを探し続けていたと云うのに、外務省という国の機関がありながら、こんなにも時間を費やしてしまったのには、訳があったのです

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多くのユダヤ人が外務省に問い合わせをしてもスギハラ・チウネなる者の在籍は無しと外務省ではチウネの発音が難しいとの事からセンボの籍になっていたのだ

≪ユダヤ人が漢字で杉原千畝と問いただせていたらと!≫

杉原千畝の消息が分かったからでしょう!1969年にイスラエルから杉原を国民的英雄と讃え≪ヤドバシャム勲章【正義の人賞】≫が贈られました


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1991年杉原千畝は86年の生涯に幕を閉じたのです・・・・25万人の内の6.000人の口々から永遠に語り続けられた勇気ある行動!

ヒーローは自らの決断で行動をおこす ユダヤ人にとって、杉原千畝はリトアニアのカウナスの収容所で残った50.0000人 が死んでいく中一人の日本人のヒーローの決断によって6.000人の命がとりとめられたのです

Blogo34■新聞報道と史実と資料に基づく
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