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中村天風先生は、結核を患ってそれを治すために世界中を旅しました。アメリカ、ヨーロッパ etcしかし、どんな医者も天風先生の病を治す事は出来ず「死ぬのなら日本で死のう」と帰省の船の中で運命の師匠カリアッパ師に出会います。「お前はまだ死ぬ運命にはない。治す方法はある。」と言われ、インドの山奥に着いて行ってヨーガの修行を行なうのですそれは、滝に打たれて瞑想したり師匠からの課題を幾日も考え続けたりというヨーガの修行でした。
      ※
(「地の声を聞け。」という課題を見事クリアした天風。今度の課題は「天の声を聞け。」とのことだった・・・。)


天風「あなたの言った天の声というもの少しも聞こえません。」

カリアッパ師「聞こえないかい。」

天風「ええ。」

カリアッパ師「そんな筈は無いなあ、本当に天の声を聞こうとしてみたかい。」

天風「ええ、しょっちゅうしているんですよ、自分でも驚く程真剣にやってみるんですけど。」

カリアッパ師「真剣にねえ、その時水の音は勿論、鳥の鳴く声その他一切の音も聞こえてるかね。」

天風「さあ、そいつは気が付きませんでしたなあ。」

カリアッパ師「ほんとから言うとねどんな音を耳にしていても心がそれを相手にしないとその時天の声が判って来るんだよ。」

天風「えーーー!そうですか、心が相手にしなけりゃいいんですね。」

その翌日から言われるままに心が一切の音の相手をしないように一生懸命やってみたがこいつは駄目だ、聞くまいと思えば思う程聞こえてきやがる。

こりゃ難しい行だなあ、と思ったけれども相手にしまいとすればするほどいけない。その相手にしないと思うことの方が心へどんどん食い込んでくるんだ。なかなかうまくいかない。こりゃずいぶん困ったよ。


私もねえ、およそ3ヶ月ぐらいこういう状態だったなあ。半分神経衰弱に罹った。口惜しいけどどうしてもうまくいかない、しょうがないから降参しようと思ってね。

天風「なかなか、心と耳を別々に使い分けるってことは難しいことですなあ。」
と言ったんだ、そうするとね

カリアッパ師「そうねえ、難しいと言えば難しいねえ、しかし、易しいと言えばやさしいねえ、お前さんはその難しい方のことを考えているから難しいんだよ。まともに心と耳とを使い分けようとしてやいないかい、それじゃとても難しいぞ。」

こういう風に意味ありげな事を言うんでね、その意味が分からないもんだから

天風「それは難しいですねえ、その意味は。」って尋ねたんだ。

カリアッパ師「こうやって私と話をしている時耳に私の声の他にやっぱり何かの声や音が聞こえているんだけどもねえ、でも心はそれを少しも相手にしていないだろう、私の声とだけ取り組んでいるんだろう、お前の心は。それと同様の心持ちになればいいんだよ、そうすればまともに使い分けていないことになる。」

天風「ああ、そうか。」と思ったよ。

言われりゃ判るからねえ、何となく判ったような気持ちになったんでそれから、ああでもない、こうでもあろうかと文字通り千思万考したっていうのが嘘でない本当で、やってみたけどどうも相変わらず駄目なんだ。

そこでもう、心も根も尽き果ててフラフラして「こりゃ、難しいことやったって駄目だ、こんな事止めた天の声なんか、天の声なんか聞かなくったっていいや、今までだって天の声聞かなくったって生きてられたんだ、もう止めだ、こんな難しい事。」

やけくそみたいな気分になっちまったんだ。いきなり仰向けにひっくり返って目を半眼にして空を見たんだ。日本の初秋のように晴れた空にちぎれ雲が所々フワー、フワーと漂っている。その雲の様々なのに思わず興を感じてフワーっと見入っている内にフッと気が付いてみると耳にいろんな鳥や獣や、虫の声が滝の音と共に絶え間なく聞こえていても私の心は見ている雲にフーっと繋がっている事に気づいた。全然それらのものとは離れて漂う雲の中に私の心が入って無心でいる自分に気づいたんです。何にも考えていない。

あっ、これじゃねえかしらんと思ってね。刹那の悟りでしょうなあ。思った途端にボロボロ涙が出てきてね。人が居ないんですから大きな声出して泣いちゃったよ私。

ああ、こういう心持ちの中に天の声というのは聞こえるんだな。聞こえました。もう、その時は駄目だ。我に帰っているからね。何も聞こえない。やっぱり駄目じゃねえか。何だかへんてこになっちゃってね。我が身で我が身が判らない気持ちになっちゃって、その帰りがけ質問したんです。経験したことをつぶさに説明したんです。

天風「ちぎれ雲を見ている時に、フッと無心の自分に気が付いて、その時に天の声が聞こえると思って天の声を聞こうとしたら聞こえませんでした。」と言ったら

カリアッパ師「それが天の声だよ。」
って言うから

天風「エーッ!」

カリアッパ師「天の声というのは声なき声だよ、絶対の静寂、absolute stillbess,that is・・・。」

天風「あっ、そうか、その絶対の音の無い世界に心が入った時が天の声を聞いた時?」

カリアッパ師「そうだよ。」

   
天風「そんな状態になりゃどうなるんです。」

カリアッパ師「人の命の中の本然の力が沸き出るんだ。」

天風「沸き出りゃどうなるんです?」

カリアッパ師「一切の全てを頼もしく自分の心が受けとってくれるような心が出来るんだ。」

天風「えっ!えっーー!」

カリアッパ師「判らないかい、今現在お前が患っていることも、現在お前の心の中に絶え間な食いついている”死にやしまいか、死にやしまいか”という心も全然消えちゃって見るもの、聞くもの全てが楽しみとなってお前の心の中に表れてくれるようになるんだ、今のお前は苦しみの方へ心が飛び込んでいって心の中でもってそれを掴まえたくない時でも無理に掴ましているようなことをやっているじゃねえか?どうだ、悟れてみれば、お前が苦しんでいたのが、自分の心の中で苦しんでいたので、本当から言ったら、病のある時の方が病の無い時より、本当の楽しみを感じられるということを感じないかい?

俺がお前に初めて会った時にお前は腹を立てたなあ、その時こう言ったろう、お前が頭が痛かったり、熱があったり、何時死ぬか判らないような苦しみを持って何が幸福ですと言ってお前が俺に突っかかった時俺はそう言ったね。”それでもお前は生きているじゃないか、生きている以上に楽しいことがあるか?”

今、判ったろ、無心の時には、事があっても、事が無くても全て人間の心の本然は歓んでいる楽しんでいるんだからそこに苦しみも何も無かろう、どうだい?」

天風「成る程なあ、雲を見てフーとなっている時何にも無かったなあ、私には、考えている事が。」

カリアッパ師「そうだろう、全然考え無かったろう。」

天風「ええ。」

カリアッパ師「雲の中にお前の心が溶け込んでその雲の中に漂っている間、お前さんは肉体にある病があっても無いのと同じ様な人生に生きているじゃないか、そう思わないかい?」

天風「そうです。」

カリアッパ師「そうですと判ったら、今後出来るだけそんな気持ちになる時を多く味わいなさい。」

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