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≪情報や本舗≫≪バランスのとれた食事 を摂る事≫≪大統領候補ベン・カーソンが推奨≫

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突然の病に襲われたベン・カーソン氏が医師としてばかりではなく、食べ物による栄養を語っているサイトがありました

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もともと人間が食べていた新鮮な野菜や果物、木の実には人間に必要な栄養が含まれていたのでしょうね。それを自然に体に取り込めていたのでしょう。


しかし現在の食品加工技術や流通システムでは本来の栄養価を著しく減少させているのです。

現代食生活ではかつてのような栄養を取ることは不可能になっています。


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だからこそ適切な栄養補給が非常に重要です。これまでの西洋医学も活用しつつ、日々人体が受け取るように設計された栄養をすべて摂取するようにすることは、非常に道理にかなっています。

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つまりバランスのとれた食事、適切な水分の摂取、運動、そして食事のコントロールが全く違った結果をもたらすということです。

私がよく言うのは、水を1日6~8杯飲んで1日3回バランスの良い食事をしてジャンクフードや有害なものの摂取をやめ、定期的な運動と睡眠、によってたくさんの良い結果が、体に適切な燃料、栄養を使うことで、もたらさせるのです



そんな時、"補完栄養素=糖鎖の栄養素”という世界中に特許を申請し、テキサスに拠点をおくバイオテクノロジーのある会社を患者の父親がベン・カーソン博士に教えたのでした!

【補足】糖鎖の働きを最初に官邸で閣僚に知らしめた時の資料がこれだ!


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【拡大して見れます!】←クリック

父親はカーソン医師にその会社にコンタクトをとるように奨めたのです、ベン・カーソン医師は会社の持つテクノロジーに驚愕しました。

その糖鎖の栄養素が、植物由来の原料からだけで製品化され、科学に基づく技術をもってして、如何に身体の再生・修復といった正常機能を支えることに向けられるかということ、まさに糖鎖の形成に必要となる材料を、日常に食する食べ物として開発されていること、


後は生化学における人のなせることなのですね、糖転移酵素とか複雑きわまる図式を見ても理解が難しく、ここに来て分かりやすい図式を見つけました

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新鮮な野菜や果物、木の実には人間に必要な栄養が含まれていて、それを自然に体に取り込めて、そこから人の持つ生化学の働きによって人は栄養を必要となるところへ供給して


細胞・器官・からだが正常に機能するように、また正常でないところを自ら修復することを栄養=食べ物から取り入れているのです

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≪情報や本舗≫≪新宿中村屋のインドカレー≫≪ビハリー・ボース≫≪頭山満翁≫≪中村天風翁≫

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新宿中村屋(旧本店)は平成26年10月に地上8階地下2階のビルとしてグランドオープンしました。「新宿中村屋」といえば、本格派インドカレーの元祖とも言えるほど、全国的にも有名ですよね


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      【頭山満翁(左)  と  中村天風翁(右)】

またコチラのカレーは、明治から昭和前期にかけて活動したアジア主義者の巨頭「頭山満」翁がいなければ、そして「中村天風」翁がいなければ、本格派インドカレーの存在そのものがなかったかも知れないのです、香辛料など入らないイギリス風カレーを食べ続けていたかもしれませんよ

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そのカレーを初めて日本で、広めたのがインド独立の立役者の一人ラース・ビハリ・ボースという人です、もう一人のチャンドラ・ボース以上に日本と深く関わり合いを持ち、中村屋の長女と縁組し、また終生インドには帰らず、最後は日本で客死しています


ボースは1912年、イギリス高官の暗殺未遂で当局から追われ、日本に脱出し、インド独立を日本から支援しました、しかし日本はイギリスと日英同盟による同盟関係にあったがため、イギリスはボースの日本退去を要求します。日本政府はボースに5日以内の国外退去を命じました

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ボースは、日本に脱出した際に、すぐに支那の革命家・孫文に会っていましたし、孫文の勧めで、すでにアジア主義者の巨匠・頭山満翁に会い、活動の支援を受けていたこもあってか【孫文も頭山満翁に匿われていた時期があります】

退去期限の夜、頭山満翁のところへボースは挨拶に行きましたところ、二人の警官がボースに張り付いていましたが、頭山は、弟子でもあり、今で言う頭山のSPでもあった中村天風にボースを脱出させることを命じました、すぐに新宿中村屋に連れて行き匿うのだ、絶対に官憲に捕まるでないぞ!と

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【当時の中村屋本店】       【現在の中村屋ビル】
中村天風はボースを頭山の自家用車に乗せ中村屋に向かったのです、いとも易々と脱出劇が成功したのには以下のことがあったからではないかと・・・≪その自家用車は下記の動画に登場する≫

【ここでは余談になるが】ラス・バハリ・ボース(中村屋のボース)を頭山翁の車だったのか、杉山重丸()氏の外車で運んだのかは?また国民宰相「原敬」の政界への担ぎ出しをしたのが杉山重丸氏というのと同様に、いくら資料を読んでも茂丸氏がどこからどこまで関与したのか、その前後の経緯がわからないものもいろいろ含まれている

     【中村屋の創業者「中村愛蔵(右)と妻・黒光(左)】

時の国家権力をもってすれば、頭山翁の自宅に踏み込むことは容易ですし、自宅から外に出る時に身柄を拘束することも、容易だった筈です。では何故?、


それは頭山翁の国家における存在の大きさから、翁の信頼している人物を本気で国外追放すべきかどうかを見過ごした、その実はいまだなお不明の至りです

「独立したら頭山先生をインドに連れて行きたい」がボーズの口癖だったそうですよ


さてさて肝心のカレーの話ですが、新宿中村屋主人の相馬愛蔵・黒光夫婦の下に身を隠すことになったボースは相馬家の愛娘と結婚することになります

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表に出られない憂さばらしからなのか料理作りに専念し【ここは定かのの話かどうかは?であるが】、相馬愛蔵・黒光夫婦にインド式カレーを振舞ったそうである

相馬夫妻が、香辛料の効いたカレーを日本人で初めて口にしたわけですが、その時の様子を想像すると、きっと今で言う「まいう!」と言ったのではないでしょうかね?


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当時のイギリス式カレーに満足のいかないことも手伝い、ここで同店の「純印度式カリーライス」が誕生し、それが中村屋のヒット商品である「インドカリー」へと続くのである

Photo【詳細は中村屋のホームページに!】

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