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≪尾形光琳の春画≫≪上村松園の春画≫≪渡辺崋山の春画≫≪まさかの作家たちの春画≫≪本舗≫

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春画(しゅんが)とは、江戸時代の頃に にぎわい申した 特に男女の性風俗を描いた絵画  浮世絵師はいわゆる芸術家であるわけですが、作品は誰かに依頼されて制作することがほとんどだったので、多くの絵師たちは絵を描くことを仕事として割り切っていたのでしょう
人気絵師であっても依頼があれば春画であれ何であれ、お金を稼ぐために描いたのですね .ですから今どきの人はは存ぜぬかもしれぬが 我々の中学・高校の歴史教科書とか美術の本にはよく出てきていた名前の日本画作家とて同様です
【尾形光琳】

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尾形光琳といえば 近世以前の日本絵画史の中で、もっとも知名度と人気の高い画家のひとりでしょうし 京都の呉服商「雁金屋」の当主・尾形宗謙の次男として生まれています…ウィッキペディアより
光琳30歳の時、父宗謙が死去し その頃、雁金屋の経営は破綻していて  生来遊び人であった光琳は遊興三昧の日々を送り、莫大な相続財産を そんなこんなで使い果たし、あちこちからの借金で生活も大変なようでした

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             【尾形光琳 春画巻物 12画 木箱入】


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                【尾形光琳 花のにしき】
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冒頭のお話のように お金のかせぎ処に こだわりなんぞは二の次 春画の作品があり申す 尾形光琳の春画には驚きもしますが なぜなら春画でない作品は 国宝や重文扱いのもの  主な作品に「紅白梅図屏風」「燕子花屏風」「伊勢物語図」「八ッ橋蒔絵螺鈿」など国宝に指定されているものなど数多くあり申す


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              ≪燕子花(かきつばた)図】

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                 ≪風神…雷神図≫


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                  ≪白梅紅梅図≫

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                   ≪竹虎図≫


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美人風俗画において精彩を放つ女流日本画家・・・美人画に終始し「近代日本画」の巨匠として不動の地位を得たのが「上村松園」である。明治8年生れ、昭和24年、74歳没(1875~1946)、本名は津弥。


京都四条の葉茶屋「ちきり屋」の次女として生れ、幼くして絵に親しみ、12歳にして京都画学校に入学、入門3年目の15歳の時、内国勧業博覧会で「四季美人図」が一等の褒状を得、この作品はイギリスの殿下に買い上げられた

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古来、画家の職は男の独占であって、その中に伍して女として身を立てるのに言うに言われぬ苦労をした。その一生を描いたのが宮尾登美子の小説『序の舞』(1985年中公文庫刊)である


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 【注釈】1984年に実在の日本画家である上村松園の生涯を描いた宮尾登美子の同名小説を映画化したもので 葉茶屋「千切屋」が映画の中で商い番頭の半纏が多く登場していた 
現在も京都に創業している呉服総合問屋「千切り屋株式会社」(なんと創業二百九十年の老舗である会社に上村松園の「序の舞」など数点あることから映画の着物提供をしていた
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66歳(昭和16年)で芸術院会員となりその一生を描いたのが宮尾登美子の小説『序の舞』(1985年中公文庫刊)である苦労する日々の中で、彼女は薬を買うための金策として、勧められて「春画」を描いた。もちろん「芸の肥し」になるという美名のもとに、ではあるが
宮尾登美子の小説では、その部分を、こう描写している・・・・・・・・・「ひとつ枕絵を描いてみいひんか  あんたまさか生娘やおへんやろ」 «続きはこの上村松園の文末で»
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さてさて ネット検索でも作品の春画は多く見つからず そのうちの一枚が掲出した浮世絵春画「尻やぐら曲取り」と題する絵である・・・・全12図画帖)のうち

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        【印刷された春画集「春色十六景」】のうちの一枚である
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Images_34・・・・・「ひとつ枕絵描いてみいひんか」 「あんたまさか生娘やおへんやろ」   「この絵の裸の娘さん、清らかな色気があってなかなかよろし」このいきで男女のナニ描いたらきっと喜んで買うてくれはるひともおっせ


枕絵とはまた何といやらしいことを、津也は顔から色の引く思いだったが、しかし見知らぬ男に体を売ることから考えると、こちらはまだしも、という気はする。もしこれが、平安なときの津也だったら、「筆が汚れます」とにべもなかったろうが、いまは追い詰められた果て、頼るは我が絵筆より他にないのであった・・・・・

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渡辺崋山の「タコと海女」と題する春画である 海女(あま)にタコがからんで犯しているという独特の構図である。この絵は崋山の絵として、よく引かれる作品である
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他に彼の春画があるかどうか判らないが、崋山は写生派画家であり男女のからみという春画はそう多くは見つからなかった

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渡辺崋山(1793~1841)は三河国田原藩士の渡辺定通の長男として江戸半蔵門外の藩邸で生れる  幼少の頃から赤貧の家計のために画業に励み、後、谷文晁に師事し、写生派画家となる


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「蛮社の獄」で自刃している  (49歳)
高野長英らと共に幕府の外国船に対する強硬論に反対して慎重論をとり、蘭学者らと交友したため、崋山の影響力を警戒され、長英とともに処罰された。

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≪大谷翔平が心酔した≫≪中村天風とは何者か≫≪あの一本足打法の王さんも≫≪情報や本舗≫

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2017年12月に栗山監督が大谷翔平にに「何か読んでいる本はある?読んでいるならどんな本?」と聴いたのでしょう  数冊の本を栗山監督に見せたそうです その中に (まだメジャーに行く前)大谷が読んでいた一冊の文庫本が タイトルは『運命を拓く』という本

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タイトルにもある「あの大谷翔平も心酔する 中村天風とは何者か」その中村天風が書かれた本「運命を拓く」だった本の帯に天風翁にやはり心酔する あの松岡修造さんが帯書きしいる


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先日 名跡「市川團十郎」の襲名を発表した海老蔵さんも座右の書籍としているのが中村天風の口述本「成功の実現」当然のいことながら大谷翔平が詠んでいた「運命を拓く」も読んでいたでしょうし

https://www.tv-tokyo.co.jp/wbs/blog/smith/2013/11/post155756.html

何者か?と言われた天風翁は政界・財界・経済界は無論のこと野球界・相撲界・・・と多くの人々を啓蒙&啓発した御仁で知られています

世界中から選りすぐれた選手が集まる大リーグの世界で ベーブルースにダブらせて選手や観客が圧倒的な成績で、実力を認めさせたわけですよね とても24歳のものとは思えない大谷翔平の強靭な精神力の源は 一体どこにあるのでしょうか 本人は多くを語らないが、そのヒントが、渡米前に熟読していた本に隠されている

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中村天風 確かに聞き慣れない名前だが 松下幸之助や京セラ創業者の稲盛和夫氏のほか、日本電産の永守重信会長、多くの財界人が座右の書として天風の本を挙げており、その世界では有名な存在なのだ


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人生の「肯定」と目標に向けた「努力」 こうしたポジティブな精神性にくわえて、天風の哲学が一流の人々に受け入れられる要因になっているのが その実践性の高さだ 今回 新刊本で講談社から「感動の想像」サブタイトルに新釈”中村天風の言葉” 著者「平野秀典」

かつて多くの天風に関する本は豊富過ぎるほど世に氾濫しているが この本はまさに新約聖書『使徒行伝』第九章の「直ちに彼の目より鱗のごときもの落ちて見ることを得」であった

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天風翁は「How to say」の教えではなく「How to do」の気付きを私は言っているのだと・・・たとえば、心身の精気が集まるへその下の部分「臍下丹田」にどう気を入れ 活用できるか How to do!なのである(天風翁が心身統一法を考案)

天風の言葉には具体的な身体の部分がたくさん出てくる。だから、アスリートにも感覚的に受け入れやすいのでしょう」

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あの世界の本塁打王・王貞治氏も天風哲学の影響を大きく受けた一人だ 「王の育成方法に悩んでいた故・荒川博氏が、藤平光一(合気道)氏のもとに連れて行き 心身統一法の指導を受けるようになり、やがて左足だけで立ってもびくともしなくなった。つまり、一本足打法の源流にも天風哲学があったのです」


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天風の心身統一法の中に「アサナ法」というのがあるがこの方法もHow to do なのであろう  天風が示した「生き方の極意」とは、きっと大谷翔平が追い求める人生の理想そのものなのでしょう

どんな局面でも物事を前向きに捉え、着実に歩みを進めるように励ます中村天風の教えから学べることは、少なくないと 大谷翔平も感じ入ったのでしょうよ

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≪未曾有の大地震≫≪ブラックアウトならぬブラックジョークでもない≫≪情報や本舗≫

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突如として自然の力が起きては欲しくない方向に向かい 昨年の大地震が北海道をブラックアウトなる聞きなれない現象が生じてしまい 電源の大事に心奪われ 各家庭でも電源に関しては節電!節電!と今でも余震が続くなか

その電源を上手に利用しているお話!である日本ではとても考えられないことなんですね ブラジルのある刑務所では、受刑者に自転車のペダルを漕がせることで発電させ、その見返りに受刑者の刑期を短くするという試みが行われているそうです
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ブラジルのサンタ・リタ・デュ・サプカイ(Santa Rita do Sapucai )刑務所では、16時間毎にペダルを漕ぐことで、発電装置にわずかではありますが発電が起き 受刑者はその刑期を短縮させることができるというのです

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というのも 彼らがペダルを漕ぐことで得られた電気は、街の通りを照らす電灯に使われ世間のお役に立ち また運動によって受刑者の健康も管理できるとのことで、刑務所はさらなる 発電自転車の導入を検討しているとのことでこれ!本当の話です

【追記】6434人が亡くなった1995年の阪神大震災から17日で24年の月日が・・・黙祷!
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≪落希一郎の「男もすなる日記」≫≪150投稿⇒全文公開中≫≪本舗≫

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「男もすなる日記というものを・・・」オチガビを創業してからフェイスブックに投稿しつづけている その日記というかエッセイから 以下
かつて25年前、新潟でCave d’ Occi(カーブドッチ)というワイナリーを興した時、現在同様会員制の組織を作りました。(ワインの木のオーナー制度)そしてその会報誌(ワインのひとり言とタイトルで)の巻頭に毎度原稿用紙4枚程の雑感を書いたのが、私の物書きの始まりです

新潟で80回程、余市に来てのオチガビでは「from the good Earth(よいちより)」と名付けた会報に18回、ぶどうやワインのことを軸に書いております。さらには自分の健康年令をあと10~15年と想い定めて、一昨年春からfacebookにも週に一度の割合で書くようになりました。エッセイなんてシャレたものでは決してなく、雑文の類をです
と本人は言っておりますが、私の周りのオチガビというより落希一郎のファンはこうも言います「本にしたら良いのに・・」「彼は知識も半端なく、文才がありすぎるわ」とよく会話にのぼる話です なかには「知識は広く意志強固で不屈からか特別な人に使われる言葉”博覧剛毅”だよな彼は!」とも


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そのエッセイ!落の謙遜からか雑文?それも現在140投稿を越えている フェイスブックはツイッターと同じくタイムラインで流れてくるので見過ごし(読み過ごし)てしまうと読み返しはスクロールダウンして見つけ出さなければならない(かなり面倒な作業・・))


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添付でオチガビのフェイスブックにも オチガビ裏サイト?(この応援サイト)にも公開も出来ないし、そこで全文でなくとも カジリでもとお思いの方に 管理者「テンボス・モリ」が30年ほどほど書き続けているブログ(情報や本舗)に全文紹介しておこう 読む方には便利な「おまけ」?も付けておきましょう・・・まずは「索引」を1~140まで⇒以下、その後に全文公開しておきます

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お問い合わせ】⇒ 【コチラ】


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≪真駒内の風景・四季折々≫≪蔦に絡まれた素敵な建物≫≪情報や本舗≫

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この紅葉したツタにすっぽりおおわれた、印象的な建物。蔦に絡まれた素敵な建物ここは以前六花亭のお菓子などを売る店舗でしたが今は図書館(入館無料)「六花文庫」図書館である といっても貸し出しのない図書館(食に関する本が中心)でここで見る限りなのだ 正面には高く伸びた2本のトドマツ。


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そしてこの図書館には 喫茶室も用意されているのです 学芸員さんの女性がお水とーヒーをいれてくれるのです  コーヒーは¥300でおかわり自由でさらに   六花亭のお菓子が一個もれなくついてくるという大特典

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最初は、帯広本店で、「おやつ屋さんの本棚」というカタチではじまったらししい お菓子・料理本・食の歴史本と食をテーマにしたエッセイや小説、「食」に関する本が8000冊ほどが書架に・・・

建物は全体が蔦に覆われ、なんとも不思議な様相をていしていて まるで ここだけは違う時間が流れているような、そんな表現が聞こえてきそうな 外から見ると、オープンしているのかどうかわからない ひっそりとした空間 扉にそっと手をやると扉が開いて 閉館ではないことが確認といったあんばいである

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建物の外に薪が積まれてることから ひょっとして館内には薪ストーブが来訪者に暖を提供しているのだろうと入る前から館内の様子が想像できるのも嬉しい限りである 奥の方にその薪の暖炉が その周りに図書館らしからぬソファーが取り囲み まるであなただけの書斎とも思える演出だ

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他にも椅子とテーブルの席が幾つかある お好きな場所を選んでお好きな本を手にとり 時間と空間を思い思いに過ごされたらいいのではないだろうか・・・・貸し出しがない図書館なのである


 



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≪真駒内の知られざる公園≫≪エドウィン・ダン記念公園≫≪情報や本舗≫

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エドウィン・ダン記念公園(旧真駒内中央公園)は、北海道酪農の父として知られるエドウィン・ダンの記念館が立っているほか、公園中央には真駒内用水が流れ込む池があります。春には、キショウブやサクラなどの季節を彩る花や新緑が楽しめます

開拓当時 真駒内川から用水路を真駒内を縦断するかたちで作り上げたエドウィン・ダンはクラーク博士の名は多くの人々に知られているが 実際のところ地元に貢献をしたかを問えば はるかに真駒内に限ればエドウィン博士の方が多大なる功績を残しているのは否めないのである

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その用水路は今でも真駒内川の流れ込む水が僅かばかりではあるが 流れを見ることができる ジンギスカンの羊肉もエドウィン博士があってのことであろう・・・今やサフォーク種なる評判をとっているジンギスカンも最初に何方かがいるものなのだ


真駒内が自衛隊の駐屯地になる前は アメリカの進駐軍の基地だった 広大な真駒内公園は当時進駐軍の遊び場=ゴルフ場だったのである(今でもアチラコチラにここがティグランドかバンカーがここにあったかもと推測できるからたのしいよ)・・・この頃キャディをしていた御仁から聞かされていた そんな早くからゴルフに関わっていたので 晩年は札幌のゴルフ場のグランドチャンピオンのボードに名を連ねていたね!)


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明治期に北海道開拓使により招かれたアメリカ人指導者、エドウィン・ダンの記念館。北海道畜産業の普及・発展に努めた ... 記念館の東側にはエドウィン・ダン記念公園(旧真駒内中央公園)があり、ダンの銅像が立てられている。この地は牧牛場の牧舎を建てた

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≪拡大図≫ ジンギスカンの祖が偲ばれる ⇒

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公園中央には真駒内用水が流れ込む池があります。春には、キショウブやサクラなどの季節を彩る花や新緑が


公園の名前の由来にもなったエドウィン・ダンという方は明治の初期に近代的な酪農・牧畜業を伝えるために来られた方で、任務が終わった後もずっと札幌に住まわれて生涯を終えたそうです。 ダンさんの住宅が記念館として保存されています


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その住宅の裏側には用水路が入り組んできていて 池をつくり 周りにはサクラの木が毎年多くの地区の住民の目を楽しませてくれている  その桜のように彼の奥さんはとてもきれいな方である


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北海道開拓の志といえば「黒田清隆」「ケプロン」!大通公園に北と南に並んで銅像がたっているが 一方の雄「ケプロン」が最初見た新冠牧場を絶賛 その後3年後にエドウィン博士が近代的な牧場に整備していった

開拓使の購入した牛20頭と羊100頭を日本へ届ける仕事だったのだが・・・・


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2019年!初日の出の内より”ご挨拶”でございます

皆々さま 「初春のお慶び申し上げます!」

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