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≪天風翁の出自の不可思議をひも解く【高祖父編】≫❶≪情報や本舗≫

 

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≪天風翁の出自の不可思議を高祖父からひも解く≫

 

「運命を拓く」の序章は次のように始まっています 人は、自分の体験と学問の範囲でものをいう 範囲を越えたことに遭遇すると人は、うそ(否定)、ほんと?(疑惑)、信じられない(不信)と、拒絶的態度に出る

 

一人の人物やその思想を理解しようとするならば、まずその人の性格、その生きてきた環境、生い立ちを見つめてゆかねばなるまい

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中村天風翁は生前に 言い残している 「世の中のためになるなら私が言ったといわなくっても構やしない どしどし人に話せ  いちいち私の了解をとるな 私の教えは天の教えだからだ 私の名前などどうでもいい」

【注釈】 関ヶ原の天下分け目の戦いの西軍の将(司令塔)「石田三成」と言えどもその出自は全く不明のままである イエスキリストも然り 世界中が祝う12月25日キリスト生誕の日 これとて羊たちの生息の厩でと伝わるが「あり得ない話なのでsる」⇒どうやら4月17日という説が真説のようである

天風翁は次のようにも語っています 「わたしの講演を聴き なるほどと思い実行し実証した人は数知れない それが啓発されたものだとしても いつしか自説になっても それは最早や自己のものにした人のものである」と

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そしてこうも云っていた「世の中のためになるなら 私が言ったといわなくっても構やしない どしどし人に話せ いちいち私の了解をとるな 私の教えは天の教えだからだ」

 

また「模倣も極致に到達すると 真実と同様になる この真理にのっとって善いということは極力 模倣に専念すべきである 理屈抜きで先ず優れた人の言行を ひたむきに模倣すべし」と

 

そのように云われたところで 天風翁の歩んできた歴史だけは 他人が自己のものとするわけにはいかない天風翁の生きた証は紛れもなく天風翁自身の個人の歴史にしかないことを こころして於くべきだ

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多くの口述本・文字お越し・テープお越し・自らの著述本(成功の実現ほか7冊)などには 必ず簡略であっても天風翁のプロフィールが書かれてあるのだが史実として残されている文書等を検証すると 明らかに記述の誤りが見出されるのである

 

天風翁は講演(当初は主に公園で口演かな)で 本論に入る前に落語で云う“まくら”として自身の身上を体験談とともに話された そこでは史実にそれは年月であったり場所であったり 天風翁があまり留意されなかったのでしょう   また思い違いを繰り返し話されることが時に応じてはということもあり

 

天風翁は本論で話される”教え“は人と人との人格とのふれ合いの因縁によって伝えられるものとの信念がつよく 最初の頃の口演内容の文字お越しとか録音とか残っているものも少なく(昭和30年ごろからのものでそれ以前はほぼないのではなかろうか)機器の性能とか技術などの問題もあっただろうから

 

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  【現在の上野精養軒】     【大正8年頃の精養軒】

天風翁が上野の精養軒の前にある敷石の上に立ち手に持った鐘をガランガランと鳴らし 道行く人には「そこの道行く人たちよ」とでも語りかけ また界隈にいる人には手招きして「健康や運命は心の持ちようできまる 病気でも不幸でも必ず立て直すことができるもんだし その人の心次第で幸せになれる」

 

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と後の「心身統一法」につながるであろう話をやさしく語り始めた 時には講談を交えたりして 声をかけたのが大正8年6月8日から数えて ことし2019年は100年目にあたる

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天風の出自には多くの話・それも天風の本を何冊も書かれている作者たち 弟子もいれば弟子ではないが天風を啓蒙してやまない人も また天風自身が思い違いか・勘違いからか誤った祖先の名を講演でしばしば使い その口述本にも記載があったりして意見がお飛び交っていて どれが本当のことなのか

 

調べるに値ありと考えていたところに2019年2月に それらの教えとはかけ離れたこととは云え 600年も前の東と西の雌雄を決する あの「関が原の戦い」に ある戦国武将が開戦に間に合っていれば 西軍が勝利していたかも知れないとのネット記事を見つけた 

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その武将というのは 歴史シュミレーションゲーム「信長の野望」などで お城・よろい(鎧)&かぶと(兜)の甲冑ブームで戦国武将人気ランキング第一位の武将で 九州筑後の国の武勇卓越した武将でした 天下を統一した あの秀吉に「その忠義・武勇 まさに鎮西一(九州) 天下無双の武将である」と言わしめた「立花宗茂」という武将である

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NHK大河ドラマにと福岡【筑後】ではネットで全国に応援支持会員を募り盛り上がりをみせている・・「立花宗茂」だけではなく実父の「高橋紹運」・養父の「立花(戸次)道雪」・そして「道雪」のひとり娘でもあり「宗茂」の妻となった立花誾(ぎん)千代といずれも話の話題づくりには こと欠くことはない 

 

子の出自を知るには親を知ることで さらに祖父を知り高祖父の出自まで調べることで出自が分かるのではと考えたところで「立花宗茂」で検索して見ると天風の名前の由縁にもなった 剣術⇒居合い・抜刀流“隋変流”の開祖とある ならば中村天風の高祖父であることの所以 そしてまたネット時代の為せるワザなんでしょうね 立花家の系図も出てきたのですから 

 

「中村天風」の高祖父が筑後の国柳川藩の藩主立花家に継承されている既成年譜から「立花道雪」とわかった ただし道雪は立花を名乗ることがなかった

 

「道雪」は百戦錬磨(37戦37勝)の武勇高き 大友家の重臣であった 幾度となく大友家との確執があり 戸次(べっき)鑑連(道雪のこと)は立花氏の跡継ぎとして高橋紹運の子の高橋統虎(むねとら、宗茂の初名)を養嗣子として迎えようとした(道雪と紹運は共に大友氏の庶流にあたる)

 

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     【戸次(本来なら初代立花家藩主)】

初代立花家を継いだのが宗茂である 中村天風とその父中村祐興との関わりが出てくるのが9代の鑑賢(あきかた)からである 鑑賢は父である鑑一(あきかず)が早世したため嫡子(長男)として継承すべきところ4歳では儘ならず改易を避けるべくして鑑一の弟に継承したり養嗣子にしたりと画策し 晴れて9代目立花家の藩主となる

 

【立花家の系図】・・・(以下の系図は公開 まかりならぬ とありここだけに留め置き下さい)

 

田中家・・改易(本来は筑後国柳川藩の藩主であるべきところ継嗣に恵まれず)

 

田中吉政1600-1609

田中忠政1609-1620

無継嗣、改易

 

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そこで立花家が継承した 「立花道雪」が初代藩主となるべきところ大友家との確執から「道雪」は 嫡男にも恵まれず 予てから自身の嫡男にと想いをはせていた同じ大友家に使える「高橋招雲」の嫡男「宗茂」を養子に迎えたいと「招雲」に折衝 本来ならありえないことながら「道雪」の息女に9歳で城督していた「ぎん千代」を嫁として柳川藩主となった

 

《立花家の既成年譜》・・・(個々の注釈は勝手に付け足ししました)

 

    立花道雪

初代    【宗茂】(高橋招雲の嫡男)

2代    【忠茂】(宗茂の弟 宗茂に子が無かった)

3代         【鑑虎】

4代    【鑑任】

5代    【貞淑】

6代    【貞則】

7代    【鑑通】(あきなお)鑑門の子・・孫・鑑賢は立花鑑門の死去により、祖父鑑通の嗣子となったが1793に早世

 

8代    【鑑寿】(あきとし)鑑門の子立花鑑寿その跡を幼少の鑑賢が継ぐわけにもいかず 家督は叔父で鑑一の弟・立花鑑寿が継いだ。

 

9代    【鑑賢】(あきかた)筑後国・柳河藩の第9代藩主 第7代藩主・立花鑑通の嫡子だった立花鑑一の長男。母は立花茂久の娘 正室は第8代藩主 立花鑑寿の娘

      7代藩主立花「鑑通」の嫡子であった「鑑一」の長男であったが               「鑑賢」が4歳のときに父「 鑑一」が早世 家督を継ぐわけにいかず 祖父「鑑通」の嗣子となって年を得て正当相続した

 

10代    【鑑広】(あきひろ)「鑑賢」の長男として家督を継ぐも11歳で病死 また当然ながら子もおらず 末期養子の許可も下りておらず このままでは改易となるため 「鑑広」が生存していることにしようと「鑑賢」が辻褄合わせの策略を描いたのだ

11代    【鑑備】(あきのぶ)兄「鑑広」が天■したため急遽 立花家の存続のためにも替え玉にならざるを得なかった (次男)娘(内藤政義正室)

 

【なんと明治35年(1902)まで極秘事項とされ守り抜かれた】

 

12代    【鑑寛】(あきとも)18歳で家督相続

 

≪天風翁の出自の不可思議をひも解く祖父から❷≫・・・に続く

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