【中村天風】

≪情報や本舗≫≪大谷翔平選手の愛読書とは≫≪栗山監督が明かした≫

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栃木・小山の白鴎大で日本ハムの栗山監督が特任教授として講義を行った。その講義の中で、大谷翔平投手が読書家であると“秘話”を話したそうだ!日ごろから監督の持論「人として成長できれば、野球って絶対うまくなる」と言い切る栗山監督だ

講義中、数冊の分厚い本が並んでスライドをスクリーンに映し出し、映し出されたその本の主と言うのが、何を隠そう「大谷翔平選手の愛読の数冊だったというからビックリ!

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    ≪帯がきの松岡修造さんは天風翁を啓蒙し続けている≫

本のタイトルは「スポーツ栄養学」「筋肉の科学」といった身体作りに直接つながる本ばかりではなく、世界中の多くの人に読まれ、数年前には文庫本にもなったアメリカの“鋼鉄王”大富豪アンドリュー・カーネギーの自伝「富の福音」や

さらに明治・大正・昭和と若くして、当時は不治の病と言われた結核にかかり、インドのヨガの賢者「カリアッパ僧正との出会いから、独自の「心身統一法」という教義(実践を伴う)啓蒙家で思想家・「中村天風」著の「運命を拓く」といった啓蒙書まで

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監督が「翔平に『最近何読んでるの?』と尋ねたら、自ら持ってきた本がこの物だったと。大谷翔平選手の愛読書と知らされると、見入っていた約450人の学生から、突如としてどよめきが起こったそうです


監督自身も熱心な読書家で、多数の著書がある指揮官。本から得られる知識はすべて野球に通じる、と力を込め「野球じゃないものにもヒントはいっぱいある。


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今までやってきている範囲の中でものを考えたら幅は広がらない。そこから得られる感性がないと成長していかない。人として成長できれば、野球って絶対うまくなる」その最たる例として大谷翔平を挙げたそうです

続けて「翔平の(寮の)部屋は本であふれてるよ」と、心身の鍛錬を重ね、誰にもマネできない二刀流を成し遂げてこのオフ、子供の頃からの夢の実現!大リーグ挑戦だ!

”夢の実現”は"成功の実現"につながる・・・「成功の実現」という中村天風翁(92歳でみまかった)の供述本は、平成の年号になっても多くの人々を啓蒙・啓発してやまない一冊である

             【成功の実現】⇒ ⇒ ⇒

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「夢への努力の仕方を選ぶのは自分。思い(の実現の可能性)をどうやって上げられるかを考えてほしい」と講義の締めとして学生へ投げかけて講義を追えたそうです

最後に新しくプロの門をくぐろうとする若武者にも当てはまるとグラウンドではバットを振り、部屋に戻ってからは本をめくって知識を詰め込む・・・・大型ルーキー清宮選手を中心に監督の夢と希望を託してエールも送っていたそうです。              (スポーツ報知より抜粋)

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≪情報や本舗≫≪玉音放送録音盤秘話 ≫≪日本のいちばん長い日≫≪宮城事件=クーデター≫≪中村天風≫≪戦後70年≫

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今年の夏は、戦後70年を迎え、メディアでは多くの特別番組をいつに無く放映していた。また映画「日本のいちばん「長い日」のリメイク版の公開上映に、合わせたかのように終戦の詔勅「大東亜戦争集結に関する詔書」ー玉音放送の原盤が発見されたと公開された!

8月1日に宮内庁から、その玉音放送の原盤ノーカット音源がこれだ・・・・

あらためて、昭和天皇の心底・心痛はいかにかと、映画「日本のいちばん長い日」のリメイク版でも昭和天皇の戦争の終結の詔勅に至るまでの思いが画かれている


以前にも≪終戦玉音放送録音盤秘話≫と見出しに、いまだ誰もがご存じない、昭和20年8月14日の夜中に起こった大きな事件が、日本のしかも宮城(皇居)の中で起こっていたので宮城事件(きゅうじょうじけん)と!・・・


多くの方のご存知の”五一五事件”だとか、”二二六事件”などと同様の若き青年将校を中心としたクーデター事件と言っても過言でないと考えられる

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さて、さて宮城事件(きゅうじょうじけん)とは、1945年(昭和20年)8月14日の深夜から15日(日本時間)にかけて、一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀が中心となって、御前会議でポツダム宣言の受諾が決まると、終戦に反対し、徹底抗戦を叫び日本の降伏を阻止しようと起こしたクーデター未遂事件である

■封切り中の映画「日本のいちばん長い日」を見る方は、是非ともここからの書き込みをお読みください
Ph_1_1【皇居前を行進する近衛師団兵・・・】

戦争終結を良しとしない陸軍省幕僚と近衛師団参謀たちが、近衛師団を動かそうとして、森近衛師団長に、蜂起に加わるよう説得するも、これを強く拒否。将校たちに殺害されてしまう・・・なんと天皇を守るべき近衛師団がですぞ

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そうして近衛師団長の印を使い、偽造の命令によって近衛師団の部隊を動かし皇居を占拠し、外部との遮断を実行し、さらに、天皇が終戦の詔勅の「玉音放送」の録音盤を奪おうしたのだが、見つけられないまま、クーデターは陸軍東部軍管によって鎮圧された

クーデターは未遂に終わり翌日の正午、玉音放送が行われ、終戦の事実はラジオ放送を通じて、国民に広く伝えられた
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伝えられている事実は、表面のある一部の事柄だけで、実際的な事は誰も知らないがために、知らない事はなにも報道されずに、誰も知らない事を知っているのは、私一人なのでありますと

昭和35年8月13日 神戸修練会での中村天風翁が口演された内容を、平成に年号も変わり、中村天風翁に関わる重大な秘話でもあると、アメリカ在住の天風会会員「野口五十六」さんが、所有の講演テープ(もちろん肉声である)をテープお越ししたものを、終戦玉音放送録音盤秘話とし公開していただいたものである・・


Photoこの件の詳細は⇒http://morrich.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-b2d5.html

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野口五十六さんのお話によると、クーデターを未然に防いだと言える時の天風翁の活躍は、まさに秘話中の秘話である。昭和も遠く、歴史も風化し、いつまでも秘話として封印せずに史実として残して置くべきものと考えた故、これまで会員の間だけで秘話として拝聴してきたテープ起こしの公開に・・・・

ただこの講話だけですと事件の前後関係がわからず、なぜ天風が終戦前夜にたまたま宮城(皇居)に居合わせたのか、理解できないと思いますのでその背景を補記しました。
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天風は秘話のなかで終戦前夜にたまたま宮城に居合わせたと言ってますが、これは天風独持の粋からくる美意識でして、けしてたまたまそこに居合わせたわけでありません。

終戦前夜8月14日から15日にかけて極限状態にあった宮城内に、たまたま居合わせたなどあり得ぬ話しですし、そこには明らかに必然性があったはずです。


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見つけられなかった二枚の録音盤は皇后宮職事務室から運び出された、その運搬に際してもいかにも正式な勅使らしい偽物を仕立てつつ、本物は粗末な袋に入れて木炭自動車で運搬するという念の入れようであった


決起した若き将校たちは宮城内(皇居内)を必死に隈なく録音盤を、探し回ったがついに見つけることが出来なかったのです、教科書に載らないこと自体が不可思議な話ですよね

芥川龍之介が言うように、「運命は偶然よりも必然的であり、運命はその人の性格の中にあります」。天風がこの歴史的な一夜に遭遇したのは、けしてたまたまではなく、そこには天風が心に秘めた熱い至誠といくつかの伏線がありましたと

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【本編】   日本のいちばん長い日
        (2011年6月19日

【本編】 終戦玉音放送録音盤秘話 
     (昭和35年8月13日 神戸修練会)

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≪頭山満翁と中村天風の辻説法≫≪上野精養軒前の石の上≫≪情報や本舗≫

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     ≪若々しく生きるかわら版≫ASEAの公開資料

やっぱりもつべきものはいい先生だといつも思うんでありますが 私を今日有らしめた大きな力の大部分はもちろんインドのカリアッパ先生のあのお導きにあるけれども


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しかしそのお導きを受ける資格を作ってくれたのはやはり子飼いのときから育てあげられた恩師「頭山満」にあると思っているんです。


インドで、まあとにかくにも普通の人よりも尊い自覚や悟りを得て、それでさらに「孫逸仙=孫文」とともに支那(中国)の辛亥革命に従事して 日本を離れて通算7、8年たってから日本に帰ってきた。

そのときは恩師「頭山先生」もとうに私がどこで死んだかわからないような最期を遂げたもんだと思いこんでおられたらしい。

そして私はいきなり父や母に会う前に「頭山先生」のところへご挨拶に行ったのであります。朝たしか6時ごろ行きました。頭山さんという人は5時ごろ起きる人で朝遅く行くと出ちまう人ですから。7、8年前までは私が行っても玄関から上がったことはないんであります。

内玄関から入ってそして奥さんが必ず居間におられるから 「こんにちは、ご機嫌およろしゅう・・・御大は?」「奥に!・・・」「ああ、御免なさい」とすぐに部屋に上がったものです。

そのならわしになってますからその日もいつものように内玄関から入ったら奥さんがおられて「ああら! まあッ」と驚いてね。そら驚いたでしょう。始終、話のついでに「あの暴れん坊めどげんしよったか?


・・・もうどっかで死んじょろたい」といって話してるところに突然ポカッと来たんですから 奥さんはびっくりするわね。

それからまあ ご無沙汰のお詫びをして 「さて 御大は?」といったら 「ちょっと待って」・・・おや ふだんと違うなと思って 「待って」といわれた以上 入るわけにはいかないから そこいると さあ 30分ぐらい待たされたなあ。


ははあ これは7,8年 ご無沙汰してたんで ご換気をこうみったのかなと・・・。これは思わざるをえないわ。けれども また私の方には理屈があるもんね。通信したくとも 手紙書きたくとも 人里離れたインドの山の中から郵便出すこともできず 今みたいな飛行郵便なんて便利なものがある時代じゃないんだもん。

いわんやまして 自分の病を治しながら修行していたというような事実を おわかりくださらない先生じゃないと思ってましたから。それとも 御大 体でも悪くて まだ寝ていらっしゃるかなと思った。

いろいろさまざまの自分なりの空想を頭の中に描いてると 30分ぐらい待ったと思ったときに 今度は奥さんでなく 書生が「どうぞ・・・」と こう言う。はてな と思ってね。でも とやかく聞く必要はないから 黙って行きましたよ。


で 先生のお居間に行くと こんどは「どうぞ・・・」と奥さんがおっしゃる。あなた方だとひょいと障子を開けてから 「御免!>と すぐ入るでしょうけれども 我々のほうじゃ そんな礼儀はないんであります。

必ずまず障子を開けて 障子の外でお辞儀して それから2度目の声がかからないと中へ入りません。これ長い間の習慣ですから。

最初 お辞儀して ヒョイと中を見たら頭山先生も奥さんも紋付の着物を着ておられる。ありゃりゃ。どっかへお出かけのとこかと思ってね。これは大変なお妨げをしたなと思ったら 

「こちらへ・・・」と 今度は先生がおっしゃる。先生が「こちらへ」なんて私に言ったことはありゃしない。先生が私を呼ぶときは 名前を満足に呼ばれたことないんです。いつでも「こら!」ですよ。

「肩もめ。なんじゃ そのもみ方は。足もめ」。もませられるのはたいてい私の仕事なんだから。外へでかけりゃ 必ず私が下駄をそろえてあげなきゃならない。「こちらへ」なんて言葉は聞いたことありゃしない。


キツネにつままれたような気持ちで中へ入った。そうしたら 床の間のとこへ座布団をひとつ据えてね 頭山先生が「どうぞ」「いや ここで結構でございます」と こう言ったら

「どうぞ!」「はっ」鶴の一声というか もう いや応ない。床の間へにじりよって その座布団に半分のった。めったにのれません。先生の前で座布団敷いたことなんかありゃしないもん。

そうしたら 奥さんがにこにこ笑いながら「あのう 申し上げたいことがあります。あとからおりてもよろしゅうございますから 今はすっかりおのりなさいませ」と こう言うから 何だかしらねえけど いよいよキツネにつままれたような気持ちになってね。


妙なもんですよ。のっちゃ悪いような気持ちの座布団の上へのせられたんですからねえ。まあとにかく 仕方がないからのったよ。

そうしたら 頭山先生が「思いもよらないときに帰ってこられた。今も家内と話したが 8年じゃなあ・・」と言うから 
「はあ」「あなたは選ばれた人じゃ」・・・・・・さあわからない。耳を疑ったよ。そうしたら 笑い顔ひとつしないですからね。


「選ばれ人じゃ。クリストは悟りたいために5カ年間 釈迦が6年 マホメットが7年 不思議にこの人たちは1年づつ増えてるが その間どこに行ってたかわからなかった。」

「それであらわれたときは いなくなった前より まったく見違えるような立派な人間になってあらわれた。あなたはそのマホメットよりもう1年長く 8年間どこに行ったか行方知れず。折々家内とも話してた」

「どっかのわからない国でのたれ死にしてりゃせんか。それが今日帰られた。いや 会わないうちからわかる。立派にあなたは自分自身をつくりかえて帰ってこられた。これは深い天の思し召しがあると思わなきゃならん。

『天のまさに大任をこの人にくださんとするや 必ずまずその心志を苦しめる』 まさにあなたがそのとおり。せんじ詰めれば これからのあなたは あなたの人生に生きるでない。人の世のために生きるために あなたは生まれ変わられた。おわかりになったか・・・・」

「はっ」「それじゃあ座布団をおりなさい」それから座布団をおりて 「いやあ 久しぶりじゃったなあ まあこっちへ来い。きょうは一緒にゆっくり飯を食うぞ」と打とけてくれたんだけど 

その言葉はピーッと私の頭に残りましたよ。そして 自分が悟りえた後の私は そらもう 自分でももったいないほど 恵まれた人生に生きられる身分になったんです。

 
もっとも 支那から帰るときに その当時の金でもって弐百万円近くの金をもって帰ってきた。孫逸仙とお互いに亡命するときに分け合った金であります。今 弐百万円なんてのは たいていな人の奥さんがへそくりとしてもっている金だろうけども 

米が一升三銭ぐらいのときの弐百万円ていうのは相当大きなものなんだよ。今の金にしたら 少なくとも 20億、30億以上でしょう。その金があったためでもありますが 約3ヵ年というものは じつに私 順調異常の運命に生きられたんであります。


そうして いやゆる本当の心ゆくままの人生に3年間生きてたんだけど やっぱり気のつくときがくる。ありがたいことで 大正8年 5月の31日です。

時の陸軍大将の大迫という人が日蓮宗を根本として世の中を救うという 大日本救世団というのをたてられた。その発会式をおこなうにさいして 頭山先生にぜひ壇上に立っていただきたいという。

ところが 頭山先生は 「おいどんはしゃべることはでけんたい。天風 ついてこ」。それでついて行きましたよ。そうしたら 大迫大将が頭山先生を紹介しました。


「千古の栄哲 世界に誇りとする頭山先生を ご紹介する」。そうしたら 壇上に出られた頭山先生 チョコッと頭下げてね 黙って正面むかれた。驚いて時計計ったら 3分黙ってる。耐えかねたか

聴衆の1人が「聞こえませーん」といったよ。そうしたら 前の方の人間が 「黙れ お顔だけ拝んでろ」。頭山先生は何ていわれたって知らん顔してなさる。

これはね 度胸以上の度胸もんじゃなきゃあ できる芸当じゃありませんぜ。そうでしょう。雷のごとき急霰の拍手をあびて そしてかりそめにも 陸軍大将が制服を着て厳かに 「千古の栄哲 世界に誇りとする頭山先生を ご紹介する」と 

そしたら コクリと頭さげただけで グッと向こう見て 黙って3分だもんね。私もね 40年 言論生活してるけど 1分ももちませんよ。黙って向こう見てるのは。


あとで聞いてみたら 吹きだすようなことなんです。「御大 あのとき何を考えていたんです?」といったら「考えることがなかったんや。ああやって聴衆の気持を落ちつけといてから おぬしば紹介しようと思ってた」3分間黙っていた。

それから「聞こえません」「顔見てろ 拝んでろ」みんなに言わせておいてから それから今度はニコッと笑って
「私はしゃべれん男や。私の気持のすべては 天風がここに来てる これにしゃべらせる」

ははあ それじゃあ 俺は今日しゃべるためにここへ連れてこられたんだ。お供で来たつもりなのに そう言われた以上 出ないわけにはいかない。

そうかといって 何をしゃべるか聞く必要はありゃせん。この男のしゃべることは自分の気持ちだってんですから 私は頭山先生になって 約1時間しゃべった。

それでしゃべったときだ。ふっと私の心の中に 尊い本心 良心が輝きだしたんだな。演壇を降りると ただちに頭山先生の前に言って
「今日ただいまから一切の社会的事業と縁をきります」「そして 樹下石上を家となすとも 日本民族の魂の入れかえに従事したいと思います」と

 「うん やれッ!」この一言で私は 6月の8日までの一週間に全財産の整理をつけて ただ家内が一生食えるだけの金だけは残しておいて 私は一文なしのスッテンテレツクになって この仕事をはじめたんです。


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 私は日蓮や法然が弟子に説くときのあの艱難辛苦を覚悟して 真理説く者は自分一人が恵まれようと思っちゃいけないという意気込みをもっておりましたから たとえ樹下石上を家となすともかまわないというつもりでした。
 ただ 始めるとき 3千円だけ女房に借りました。女房と子供には一生困らないだけの金を渡して そのうちから3千円だけおれに渡させた。それはほかでもない 小岩と内幸町に家賃3百円の銀行の崩れた跡の家を十ヶ月分 3千円で借りたんです。その十ヶ月の間に私がこの未知を完全に添い遂げられなくなったら 日蓮 法然のまねをして諸国行脚だ こういうつもりでいました。ですから その3千円だって 2日ともってやしません。女房からもらってから すぐその家を持ってる人間のとこへ行って <敷金は取ってくれるな。十か月分前金で渡すから>といって 3千円を払いました。だから スッテンテレックよ。
 それでも 樹下石上なんか家とする必要はなかった。どういたしまして 月の重なるたびごとに私は恵まれた状態で もったいしごくもないありがたさで こうやって道を説かしていただいてる。  
 ただ 最初3ヶ月の間は 雨が降ろうが 風が吹こうが 焼きおむすびを腰にぶらさげて お昼前が上野公園の精養軒の前のあの四角な石の上で講演をした。

その石はいまだにあります。ときどきあそこへ行って あの石を見ちゃあ 思わず熱い 胸にせきくるものを感じながら いつも帰ってくるんです。

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≪情報や本舗≫≪天の声を聞け・・・≫≪中村天風≫≪無心とは?≫≪カリアッパ≫≪情報や本舗≫

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若々しく生きるための”かわら版”≫⇒糖鎖情報や本舗


中村天風先生は、結核を患ってそれを治すために世界中を旅しました。アメリカ、ヨーロッパ etcしかし、どんな医者も天風先生の病を治す事は出来ず「死ぬのなら日本で死のう」と帰省の船の中で運命の師匠カリアッパ師に出会います。「お前はまだ死ぬ運命にはない。治す方法はある。」と言われ、インドの山奥に着いて行ってヨーガの修行を行なうのですそれは、滝に打たれて瞑想したり師匠からの課題を幾日も考え続けたりというヨーガの修行でした。
      ※
(「地の声を聞け。」という課題を見事クリアした天風。今度の課題は「天の声を聞け。」とのことだった・・・。)


天風「あなたの言った天の声というもの少しも聞こえません。」

カリアッパ師「聞こえないかい。」

天風「ええ。」

カリアッパ師「そんな筈は無いなあ、本当に天の声を聞こうとしてみたかい。」

天風「ええ、しょっちゅうしているんですよ、自分でも驚く程真剣にやってみるんですけど。」

カリアッパ師「真剣にねえ、その時水の音は勿論、鳥の鳴く声その他一切の音も聞こえてるかね。」

天風「さあ、そいつは気が付きませんでしたなあ。」

カリアッパ師「ほんとから言うとねどんな音を耳にしていても心がそれを相手にしないとその時天の声が判って来るんだよ。」

天風「えーーー!そうですか、心が相手にしなけりゃいいんですね。」

その翌日から言われるままに心が一切の音の相手をしないように一生懸命やってみたがこいつは駄目だ、聞くまいと思えば思う程聞こえてきやがる。

こりゃ難しい行だなあ、と思ったけれども相手にしまいとすればするほどいけない。その相手にしないと思うことの方が心へどんどん食い込んでくるんだ。なかなかうまくいかない。こりゃずいぶん困ったよ。


私もねえ、およそ3ヶ月ぐらいこういう状態だったなあ。半分神経衰弱に罹った。口惜しいけどどうしてもうまくいかない、しょうがないから降参しようと思ってね。

天風「なかなか、心と耳を別々に使い分けるってことは難しいことですなあ。」
と言ったんだ、そうするとね

カリアッパ師「そうねえ、難しいと言えば難しいねえ、しかし、易しいと言えばやさしいねえ、お前さんはその難しい方のことを考えているから難しいんだよ。まともに心と耳とを使い分けようとしてやいないかい、それじゃとても難しいぞ。」

こういう風に意味ありげな事を言うんでね、その意味が分からないもんだから

天風「それは難しいですねえ、その意味は。」って尋ねたんだ。

カリアッパ師「こうやって私と話をしている時耳に私の声の他にやっぱり何かの声や音が聞こえているんだけどもねえ、でも心はそれを少しも相手にしていないだろう、私の声とだけ取り組んでいるんだろう、お前の心は。それと同様の心持ちになればいいんだよ、そうすればまともに使い分けていないことになる。」

天風「ああ、そうか。」と思ったよ。

言われりゃ判るからねえ、何となく判ったような気持ちになったんでそれから、ああでもない、こうでもあろうかと文字通り千思万考したっていうのが嘘でない本当で、やってみたけどどうも相変わらず駄目なんだ。

そこでもう、心も根も尽き果ててフラフラして「こりゃ、難しいことやったって駄目だ、こんな事止めた天の声なんか、天の声なんか聞かなくったっていいや、今までだって天の声聞かなくったって生きてられたんだ、もう止めだ、こんな難しい事。」

やけくそみたいな気分になっちまったんだ。いきなり仰向けにひっくり返って目を半眼にして空を見たんだ。日本の初秋のように晴れた空にちぎれ雲が所々フワー、フワーと漂っている。その雲の様々なのに思わず興を感じてフワーっと見入っている内にフッと気が付いてみると耳にいろんな鳥や獣や、虫の声が滝の音と共に絶え間なく聞こえていても私の心は見ている雲にフーっと繋がっている事に気づいた。全然それらのものとは離れて漂う雲の中に私の心が入って無心でいる自分に気づいたんです。何にも考えていない。

あっ、これじゃねえかしらんと思ってね。刹那の悟りでしょうなあ。思った途端にボロボロ涙が出てきてね。人が居ないんですから大きな声出して泣いちゃったよ私。

ああ、こういう心持ちの中に天の声というのは聞こえるんだな。聞こえました。もう、その時は駄目だ。我に帰っているからね。何も聞こえない。やっぱり駄目じゃねえか。何だかへんてこになっちゃってね。我が身で我が身が判らない気持ちになっちゃって、その帰りがけ質問したんです。経験したことをつぶさに説明したんです。

天風「ちぎれ雲を見ている時に、フッと無心の自分に気が付いて、その時に天の声が聞こえると思って天の声を聞こうとしたら聞こえませんでした。」と言ったら

カリアッパ師「それが天の声だよ。」
って言うから

天風「エーッ!」

カリアッパ師「天の声というのは声なき声だよ、絶対の静寂、absolute stillbess,that is・・・。」

天風「あっ、そうか、その絶対の音の無い世界に心が入った時が天の声を聞いた時?」

カリアッパ師「そうだよ。」

   
天風「そんな状態になりゃどうなるんです。」

カリアッパ師「人の命の中の本然の力が沸き出るんだ。」

天風「沸き出りゃどうなるんです?」

カリアッパ師「一切の全てを頼もしく自分の心が受けとってくれるような心が出来るんだ。」

天風「えっ!えっーー!」

カリアッパ師「判らないかい、今現在お前が患っていることも、現在お前の心の中に絶え間な食いついている”死にやしまいか、死にやしまいか”という心も全然消えちゃって見るもの、聞くもの全てが楽しみとなってお前の心の中に表れてくれるようになるんだ、今のお前は苦しみの方へ心が飛び込んでいって心の中でもってそれを掴まえたくない時でも無理に掴ましているようなことをやっているじゃねえか?どうだ、悟れてみれば、お前が苦しんでいたのが、自分の心の中で苦しんでいたので、本当から言ったら、病のある時の方が病の無い時より、本当の楽しみを感じられるということを感じないかい?

俺がお前に初めて会った時にお前は腹を立てたなあ、その時こう言ったろう、お前が頭が痛かったり、熱があったり、何時死ぬか判らないような苦しみを持って何が幸福ですと言ってお前が俺に突っかかった時俺はそう言ったね。”それでもお前は生きているじゃないか、生きている以上に楽しいことがあるか?”

今、判ったろ、無心の時には、事があっても、事が無くても全て人間の心の本然は歓んでいる楽しんでいるんだからそこに苦しみも何も無かろう、どうだい?」

天風「成る程なあ、雲を見てフーとなっている時何にも無かったなあ、私には、考えている事が。」

カリアッパ師「そうだろう、全然考え無かったろう。」

天風「ええ。」

カリアッパ師「雲の中にお前の心が溶け込んでその雲の中に漂っている間、お前さんは肉体にある病があっても無いのと同じ様な人生に生きているじゃないか、そう思わないかい?」

天風「そうです。」

カリアッパ師「そうですと判ったら、今後出来るだけそんな気持ちになる時を多く味わいなさい。」

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≪情報や本舗≫≪中村天風≫【統一法践行偈辞】≪村里泰由≫【言葉の誦句・力の誦句】

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     ≪若々しく生きるかわら版≫ASEAの公開資料


8月の本部夏季修練会で「言葉の誦句」の行修を担当され、終えられて「ほっと・・」云々のフェイスブックに”村里泰由先生”の書き込みがありました

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是非ともお聴きしてみたいですと、メッセージを入れましたところ、早速、天風メソッドを、いつもの如く村里ワールドで語られている、「言葉の誦句」にちなんでのお話から入られ、最近、身近に起きたことなどを交えて語られています。

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島崎藤村の引用で・・・・力なり、「力は声なり、声は言葉なり、新しき言葉は、すなわち新しき命なり 積極的言葉は、すなわち命 力強い言葉は、力強い命を創り出す・・・島崎藤村の名は天風翁に啓蒙を受けたと言われる100万人の中にいたかどうかは、定かではない

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今回も、夏期修練会における、その教程の一つ「安定打坐法」を行修する際、天風先生が真理瞑想として人間の本質を説き明かした真理の言葉を、19編収録した誦句集【黒】を元におおくの先生が誦句のお話をされています・・・この中に「言葉の誦句」があります

【言葉の誦句】
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私は今後かりそめにも、我が舌に悪を語らせまい。
否、一一我が言葉に注意しよう。

同時に今後私は もはや自分の境遇や仕事を消極的な
言語や悲観的な言語で、批判するような言葉を使うまい。

始終、楽観と歓喜と、輝く希望と溌剌(はつらつ)たる
 勇気と、平和に満ちた言葉でのみ活きよう。

そして、宇宙霊の有する無限の力を我が生命に受け
入れて、その無限の力で自分の人生を建設しよう。

だから、誠と愛と調和した気持ちと、安心と勇気とで、
ますます宇宙霊との結び目を堅固(けんご)にしよう。
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話を戻して、お送りいただいたファイル①は32年版の天風翁が直筆の『統一法践行偈辞(とういつほうせんこうげじ)』と言うもの【誦句集=黒表紙である】

「今日一日 怒らず 怖れず 悲しまず」で始まる「誓詞」を始めとして、「私は力だ。力の結晶だ」で始まる「力の誦句」など、心を鼓舞され、また虚心平気の心境に導かれる中村天風による命の言葉。

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            【この力!この強さ!・・・・】

現在の「力の誦句」では、冒頭「私は力だ、力の結晶だ」 と始まるところ、32年版では 「私は万物の霊長たる人間である。しかも人の命は力の結晶である」と始まっている。


これを我々にどう伝えようかと天風先生は思考して、工夫を重ねた結果、最初の言葉を 私は力だと置き換えられたのである。これには大きな意味がある、と村里泰由先生は言われる

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すなわち「これは 万物の霊長である人間 てあるから 私は力だ」 とい言う。天風哲学の土台となる自己認証を最初に確実にさせるための誦句なのである

32年版の 私は万物の霊長たる人間である をどう掴みとるかが 真理瞑想の大きなポイントであり、理性で理解するのではなく、霊性的直感でとらえる

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≪村里先生は ああ 、そうだったのか とヒラメキを実感することが重要である≫と「機関紙「志るべ」(9月号)で説かれている

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この「統一法践行偈辞」は、村里先生がお住まいの飯能の100歳を超えてなくなられた天風会の会員のご子息がついぞ最近、持って来られたそうです・・・・本当に素晴らしいものを頂戴いたしました

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≪情報や本舗≫≪風たちぬ≫【堀越二郎】≪スタジオ=宮崎駿のジブリ≫【松任谷由美】≪ひこうき雲≫【天風会機関紙「志るべ」に】

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宮崎駿監督」作品『風立ちぬ』は、第二次世界大戦で名機中の名機と誰しも認める、戦闘機 ゼロ戦 そして雷電 烈風などの設計者として知られる実在の人物!

それは、堀越二郎!そして同時代に生きた文学者・堀辰雄と、その2人をモデルにして生まれた主人公・二郎の半生を追った物語が「風たちぬ」である

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同時代を生き抜いた二人のエッセンスをごちゃまぜにして主人公「二郎」を生み出したと言うのが、製作者側のコメントである

実在の人物をモデルとしたのもジブリの長編作品では初めての試みで、また今までの作品は3、4日の話が多く13歳から42歳までの約30年間の半生を描いた大河作品?というのも初の試みだったのです

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公開2日間で興行収入約9億円の大ヒットを記録したスタートした「風たちぬ」だが、今までのジブリ映画と違い大人向けで、子供には難しすぎるのと、零戦という戦争時代の設計者が主人公の1人だから当たり前だが、荒井由実(松任谷由実)の「ひこうき雲」が主題歌に起用され、ジブリ映画から遠ざかりがちだった中高年層の男性の動員を狙うにはユーミンの曲はベストヒットだったのかも?

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■最新情報■宮崎監督の5年ぶりの新作!「風立ちぬ」は7月20日に公開され、配給元の東宝によると、公開から37日間で640万人を動員、興行収入は80億円を超えたそうだ


【知られざるエピソード!】

当時、堀越二郎は天風会会員であり・・・天風会の機関紙「志るべ」(昭和44年4月ー94号)に”航空機の事故”と題しての貴重な経験談から事故の原因を書かれているすべての

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昭和の日本の航空技術の躍進を先導した堀越二郎は、最後に”志るべ”で、こう結んでいる・・・操縦かんを握る人に、何万回でも楷書で字を書く心境にて

「意識明瞭・精神統一、あるいは自分の前に現れるすべての事象に進んでハッキリとした心で向かえよ!」

という天風先生の教えはこれだと思った・・・・・・財団法人「天風会」の本部顧問を歴任され修練会にも6回も出られている≪現在は公益財団法人「天風会」≫

上記のお話も天風会講師「村里康由」先生から昭和32年当時の”誦句集”と94号の”志るべ”のコピーをお送りいただき、ほんのさわりのご紹介でございます

「ひこうき雲」は40年前の1973年に発売された荒井名義で出したデビューアルバムのタイトル曲で、「風立ちぬ」の世界観と合っているとスタジオジブリ側から松任谷に主題歌起用を打診したのだそうだ

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40周年記念盤「ひこうき雲/荒井由実」が本日より発売になりました!映画公開と同日にレコチョクランキング1位・iTunesトップソング1位にランクインしたこの曲、じつはユーミンさんが高校生の時に作られたんだそうです。


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日本禁煙学会は8月12日、現在公開中の”スタジオジブリ”最新作「風立ちぬ」におけるタバコの描写について“苦言”を呈し、 禁煙学会公式サイトに要望文を掲載した。

映画に出てくるセリフについてですが、カプローニのセリフには、「力を尽くして」という言葉がとても多く出てきます

https://www.facebook.com/kazetachinu.movie


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≪情報や本舗≫≪玉音放送録音盤秘話 ≫≪中村天風≫≪宮城事件=クーデター≫≪テープ起こし講演≫≪野口五十六≫

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     ≪若々しく生きるかわら版≫ASEAの公開資料

2012年!大晦日になって大事の話に遭遇したのだ、昨日TBSの報道番組で終戦の詔勅ー玉音放送が・・・堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び・・・

昭和天皇の心底・心痛はいかにかと「終戦玉音放送」とグーグルで検索してみたところ・・・秘話ーTemPu Online-天風の見出しが!

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書き出しに⇒・・・・終戦玉音盤). 終戦玉音放送録音盤秘話 (昭和35年8月13日 神戸修練会). 誰もがいまだに知っていない大きな事実が、日本のしかも宮城(皇居)の中で起こったのであります。 人びとの多くは今日まで、五一五事件だとか、二二六事件などということは、 あまた・・・・

【本編】 終戦玉音放送録音盤秘話 
     (昭和35年8月13日 神戸修練会)

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早速!開いて読んでみる、まさに秘話中の秘話である。他にも天風翁の講演がいくつか公開されている

公開しているお方は「野口五十六」さんといって現在アメリカで事業展開をしている方のようだ

詳細は⇒こちら【プロフィール!】


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またまた天風翁の教義に啓蒙された凄い御仁が登場してきた!さらにサイトを捲っていくと「玉音放送録音盤秘話」の事件の前後関係が?と

【宮城事件(きゅうじょうじけん)として史実なのですよ・・・最後に補足あり↓】


昭和も遠く、歴史も風化し、いつまでも秘話として封印せずに史実として残して置くべきものと考えた故、これまで会員の間だけで秘話として拝聴してきたテープ起こしの公開に・・・・

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「日本で一番長い日」として昨年の6月に書かれている天風先生が生涯!師と仰いだ”頭山満”翁とカリアッパ大僧正のうち、天風先生が父とも慕っていた”頭山満”翁から破門されたこと、破門が解けたこと

【本編】   日本で一番長い日
        (2011年6月19日

宮城事件(きゅうじょうじけん)とは、1945年(昭和20年)8月14日の深夜から15日(日本時間)にかけて、一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀が中心となって、御前会議でポツダム宣言の受諾が決まると、終戦に反対し、徹底抗戦を叫び日本の降伏を阻止しようと起こしたクーデター未遂事件である

Ph_1_1【皇居前を行進する近衛師団兵・・・】

近衛師団を動かそうとして、森近衛師団長に、蜂起に加わるよう説得するも、これを強く拒否。将校たちに殺害されてしまう。

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そうして近衛師団長の印を使い、偽造の命令によって近衛師団の部隊を動かし皇居を占拠し、外部との遮断を実行し、さらに、天皇が終戦の詔勅の「玉音放送」の録音盤を奪おうしたのだが、見つけられないまま、クーデターは陸軍東部軍管によって鎮圧された

クーデターは未遂に終わり翌日の正午、玉音放送が行われ、終戦の事実はラジオ放送を通じて、国民に広く伝えられた

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≪昭和35年8月13日 神戸修練会での中村天風翁が口演された終戦玉音放送録音盤秘話は、クーデターを未然に防いだと言える時の天風翁の活躍は、まさに秘話中の秘話である・・・事実と信じうる人にとっては!≫


見つけられなかった二枚の録音盤は皇后宮職事務室から運び出された、その運搬に際してもいかにも正式な勅使らしい偽物を仕立てつつ、本物は粗末な袋に入れて木炭自動車で運搬するという念の入れようであった

≪ココは文中にあった元軍事探偵の天風翁の知恵が生かされたのでは!≫

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野口さんの懇切丁寧なる心意気には深く深く頭の下がる思いでいっぱいです・・・・・今年!新刊「心を建て直す」を6月に出されている

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≪情報や本舗≫≪中村天風≫【真人生の探究】≪著述本・口述本≫【成功の実現】

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     ≪若々しく生きるかわら版≫ASEAの公開資料


中村天風翁に関わる本は、世に沢山出版されています、最初の出会いの本は「成功の実現」そして「運命を拓く」で、3冊目が、中村天風!後自身で書かれた本「真人生の探究」であった。天風翁自身の著述本は、教義の真髄とも言える「真人生の探究」をはじめとする7冊といわれている

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明治・大正・昭和と元気・溌剌・颯爽と、生き抜いた「天風」直接の教え・啓発を受ける術も無く、せめて著述本か、残されている講演のテープを拝聴するか口述本(講演のテープ起こし)で深めるだけである


【真人生の探究】

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「心身統一法とは、人生を幸福に活きるために必要な条件を完全に作り上げる方法であります」と、中村天風はその講演でまず聴衆に語りかけた。

”真人生の探究”は天風翁が体系化した「心身統一法」の真髄を天風自身が最初に書き下ろしたもので、

心の在り方について深く考察した『研心抄』、身体の在り方について教示した『錬身抄』と三部作を為す「心身統一法」の教科書といえるものである。

現代人には一見難しい文語体で書かれているが、具体的な例えを挙げた合理的な解説で、内容は明快で理解し易い。たった一度の人生を、有意義で価値高いものにするための必読の書。

SF小説・ショートショート作家で知られている故星新一が、著書の「きまぐれ学問所」のなかで”真人生の探究 ”について書評を書いています(平成元年6月初版のP109~P128)

≪きまぐれ学問所≫≪星新一≫≪真人生の探究の書評≫

【研心抄】

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人間は心と身体の両面からもって生まれた潜在能力を100%発揮してこそ、充実した幸福な人生が送れる。そのためにはどうすればよいのか。

中村天風の創り上げた「心身統一法」における精神面について詳述した書。古来、人間の不幸の根源は心が迷うことにある。一体、人間の「心」とは何なの
か。

人間の心の正体を深く分析し、いかに心を統御し強くするか、そしてその強い心でいかに人生を乗り切るか、哲学的な問題を扱いながらも具体的方法を明示していて、非常に理解しやすい内容である。

【錬身抄】

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身体は心と連動して人間の命を活かしている。中村天風「心身統一法」は、心と身体の両面から人間の真の幸福を実現する方法を教示するものである。

本書は人間が自分の身体をどのように考え、どのように扱うことが正しいかを解説し、天風式呼吸法や体に関する日常生活上の諸注意、そして食に至るまで、身体の面から積極化する具体的方法を教えている。

ココまでの『真人生の探究』・『研心抄』・『錬身抄』の三冊を”天風哲学の三部作”といわれている


【叡智のひびき】・・・ 天風哲人箴言註釈
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天風自らの筆による、よりよい生き方の要諦日々の心がまえを説いた31の章句とその解説。在命中最後の出版となった「箴言註釈」を一般向けに再編集。

時を超えて輝き続ける天風哲学の真髄が今よみがえる・・・・艱難辛苦の果て盛大な人生を築いた天風の信念から迸り出た生命あるメッセージ。

【真理のひびき】・・・天風哲人新箴言註釈

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胸に突き刺さる哲人天風の感動のメッセ-ジ「完全な人生に活きようと思うならば、まず現在の瞬間を能う限り、価値高く活きるべし」――

多くの人々を最高の人生に導く天風師の感動の教えと成功哲学のすべて・・・・哲人天風最後の感動の教え。胸に迫る珠玉の一言一句。「いのちの力」が新たに甦る。


【安定打坐考抄】

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安定打坐法は一名⇒天風式坐禅法とも呼ばれ、人間の心を迷わす妄雑念を払拭し、人間の心の最強の状態である「無我一念」の境地に入る方法である。

財団法人天風会が毎年行う夏期修練会でその具体的方法を教えているが、この書では「安定打坐」の意味や目的について詳しく述べられており、

とかく抽象的に捉えられがちな「無心」という概念が理論的に解り易く解説されている。

本書を一読することで「心身統一法」への理解も深まり、現実の生活の中で安定打坐法を活用することができるようになる

【哲人哲語】

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中村天風が、終戦戦後の荒廃した日本人の心を再生させるために書き始め、折にふれ真の人間の在り方を著述した随筆二十九編。特に心身統一法の学び方、行修法の注意事項などについて入念に書かれているので、
「心身統一法」の基本は一応分かっているという人にお奨めの書。


【成功の実現】

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東郷平八郎、原敬、松下幸之助など時代のリーダーたちが心服したその類まれな成功哲学を分かりやすく面白く伝え、世に天風ブームを巻き起こした「成功開眼の書」

東郷平八郎、原敬、松下幸之助など時代のリーダーたちが心服したその類まれな成功哲学を分かりやすく面白く伝え、世に天風ブームを巻き起こした「成功開眼の書」

まず、表紙の◯。これは、天風師が筆で書かれたものでしょう。ヨガの修行をおえて船で日本に帰国の途中に立ち寄った中国で、天風師は恩人である頭山満と再会。辛亥革命を援助する義勇軍グループに加わり、剣の達人としての活躍をしますが、そのときの争闘で手を負傷。その手で書かれたものです。

驚くべき見事な◯。ある名僧がこれを見て驚き、天風門下にはいったといいます。普通の境地で書けるようなものとはモノが違います。見る目をもった人には、精神性の高さ、歪みの無さ、円満な美しさなどが見えます。表紙だけで値段の価値があります。

心に燃やすべき炎の目指す「成功」とは何か? ビジネス的な成功では、ありませんね。そういうものは副産物です。現に、天風師はビジネス界での成功を捨てて、辻説法を始めました。それで、まず頭山満先生に挨拶に行くわけですが、驚くべし、頭山夫妻は正装して昔の弟子を迎え、「天風よ、これからは おまえがわしの先生じゃ」みたいなことを言う。わかる人には、わかるのです。天風師がどういう志を持ったかが。


【いつまでも若々しく生きる】

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・・・・・中村天風の代表的な4部作、「成功の実現」、「心に成功の炎を」「盛大な人生」「いつまでも若々しく生きる」のうちで、もっとも遅くに刊行されたのが本書だ。本作は他の3作と違って、医者としての天風氏が病と健康に相対するにあたって、心がけるべき事柄を講演したものだ。

まず着る服について。人間の皮膚は呼吸しているので、出来るだけ薄着がいい。出来れば裸がいい。着るにしても空気を通すものが良く、レザーなどは良くないという。とするとダウンンジャケットみたいなのは最悪だ。

次に食について。肉は体の中で腐敗していくので、出来れば摂らないほうがよい。肉の中でも、4つ足の獣は食うべきでないという。そして魚の白身を少しいただく。腹八分目がよい。植物と果物はいくらとっても摂りすぎということはない。特に人間は果物だけで生きていけるという。

腫瘍などが出来た場合には、やたらに切らないほうが良いという。積極的な心の持ち方をすることのほうがはるかに大切らしい。

健康に生きるにあたっては、新鮮な空気に触れることが重要。普段は冷たい空気に触れ、1日のうち2、3度、部屋を暖かくして5分間ほど裸で過ごすのが理想的らしい。風呂から上がるときも、最後に冷たい水を浴びるのが、体を暖かく保つ秘訣だという。

中村天風氏があちこちで言っているように、感謝の念をもって過ごすのが大切。病は、間違った行いを正すことが出来、そのために生かされているのだから、天の恵みと考えなければいけないという。病が存在するからこそ、生きていられると考えるべし。今日、今を尊く、嬉しく、生かしていただいているという気持ちが必要。

本書は4部作のなかでも、雑学的というか、実践的な知識がちりばめられているように思う。心を積極的に保つことが大切。そうすれば、病と共存することも可能であると語られているように思う。

【心に成功の炎を】

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中村天風の数ある著作のなかで、一冊を選ぶならこれです。集大成的な内容で、天風哲学を学ぶにはこの一冊で充分です。成功の実現は語り口がかたく、盛大な人生は十牛の図など観念的すぎて理解しずらい……

その点、この『心に成功の炎を』は具体的に噛み砕いて真理を説いてくれます。内容は、いろいろな心の種類についての説明。真理を実践するための具体的なアドバイス(クンハバカ、態度の大切さなど)

最後に天風訓言として、中村天風自身が折りにふれて書き記し、座右の言葉としたメモをもとに、解説を加えてあり、これがこの本が天風哲学の集大成たるゆえんでもあります。

特に、次の二つの言葉は、今も私の心の支えになっています。「憂きことのなおこの上に積もれかし、限りある身の力試さん」「ありのままにわれある世とし生きゆかば悔いも恐れもなにものもなし」

詳しい意味を学びたい方は、ぜひ天風哲学に触れてください

【盛大な人生】

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・・・・天風氏が死の病である結核に苦しんでいるときに,偶然出会ったヨガの大聖人カリアッパから受けた教えに天風氏同様感動させられた.天風氏自身もこの辺りで学んだ考えを自身の人生哲学に応用しており,この本の大切かつもっとも心動かされるポイントになっている.

どのように人生をおくれば明るく,成功に満ちた人生をおくれるのか?

≪本の内容紹介はアマゾンからの一部抜粋≫

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≪情報や本舗≫≪きまぐれ学問所≫≪星新一≫≪真人生の探究の書評≫≪天風会機関誌「志るべ」≫

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若々しく生きるための”かわら版”≫⇒糖鎖情報や本舗


ショート・ショートの作家と言えばすぐに、故星新一と思いつく!著書の「きまぐれ学問所」のなかで”真人生の探究 ”について書評を書いています(平成元年6月初版のP109~P128)

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”真人生の探究”は「中村天風」著述の(著述本は7冊と言われている)天風翁が体系化した「心身統一法」の真髄を天風自身が最初に書き下ろしたものである

Aaasekaib【星新一】⇒

「星新一」の父「星一(はじめ)」」は星薬科大学の創立者で星製薬の創業者であり、また熱心な天風会員だったことから、真人生の探究も手元にあったのであろう


その書評が天風会機関誌の≪志るべ≫(2007nenn 2月号)に抜粋掲載されていたのをコチラに再掲します。

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          【人生について】

「あなた、なぜ、この世に生きているのですか」こう声をかけたら、相手は怒るだろうな。無価値あつかいされたと思って。

「自分が人間として、いま存在しているのだということを、考えたことがありますか」

すこし丁寧になったが、まわりくどくなった。しかし、突然こんなことを聞かれたり、文を読まされたりしたら、戸惑うのが普通だろう。ユーモラスに答えようとする人も、いるだろう

…中略…
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正直いうと、ある本を読んでの、紹介と感想なのである。中村天風著「真人生の探究」天風会ー初刊が1947年とある、内容について、少し先をつづける。現代人の生活法を見ると、およそ四種類に大別できるというのが、著者の意見。

■≪本能本位≫

■≪感情本位≫

■≪理性本位≫

■≪信仰本位≫

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簡単な説明をつける。

【一】の≪本能本位≫は、気ままな生活で、犬や猫より、野生の動物に近い。動物にも労はあろうが、人間社会は安易になりやすい。

【二】の≪感情本位≫のは、目的も方針もなく、その日をすごす。わがままで、自制心がない。その日を、週単位、月単位に拡大しても、大差はない

【三】の≪理性本位≫のは、少しは高級のようだが、心身の矛盾を起こしやすく、つまらぬ悩みをもつことになる。
人間は、理論だけで生きているのではないのだ。

【四】の≪信仰本位≫の生活。正しい信仰なら最良といえるが、はたしてあるのか。神や仏に祈って、特典を受けたいというのは、人生にとって好ましいものではない。安易な方法。以上の四種。

どの人たちも、落ち着きがなく、つまらぬことを気にし、不平を口にしている。向上的とはいえない。

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このへんで、警戒心をゆるめてください。著者の中村氏は、決して独断的な信仰を押しつけようとはしていないのだ。大衆感覚を大事にしているこれこそ有益と思うに至った生活法を、多くの人に役立たせようと、まじめに書いている、すなおに理解できる

…中略…

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それにしても、なんでこんな本を読み、しかも紹介する気になったのか、私の父と親しかった、ある男の人がいる。かなりの高齢だが、社会的に活動している「としを聞かれるのは、かないませんな」と言う。それにしてはお元気でと、くだらぬ会話につきあわねばならない。感覚的に若いのだ

 …中略…

昭和60年印刷となっている。つまり、1947年、昭和22年にでた本を、新鮮として作り直したものだろう。これ以前にも覆刻はあったのかもしれない。著者のまえがきも、1947年とある。その時のにくらべ、手直しの量はわからない。最初の出版では当然、旧字旧かなのはずだが、現代風になっていて、読みやすい。表現にいくらかの加筆はあるのだろうが、内容は一貫している。

 …中略…

私の父も、講演会が好きだった。戦前、つまり昭和20年より前の時代は、情報の媒体が限られていた。印刷物がほとんど。さらになにかを伝えたいとなると、人を集めて話すしかない

 …中略…

逆算すると、大正の中期から、講演会を始めたことになるが、そんな印象は受けない「精神と肉体の統一が理想である」 というのが、最初のテーマ。楽器も大切だが、演奏者の腕も重要。

 …中略…
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スポーツ選手で、すぐれた肉体の主でも、競技の前夜に安眠できない人がいる。しかし、精神本位がいいとも言えない。座禅をやっても、すぐ高度な心境になれる人など、そうはいない。心の乱れが簡単に制止できるものなら、人生でだれも悩まない


こういう話の運びが、著者の中村天風氏の魅力となっている。ジョギングに夢中になっている人。書店に並ぶ、ストレス解消法の本。それらへの批判を感じるが、本書の刊行された時、それ以前の講習会を考えると、感嘆するしかない。心や感情が、身体に関連しているとも書かれている。当たり前と私たちが思うのは、ストレス学説を知っているからだ。


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カナダの医学者セリエが、その研究をはじめたのが1936年。昭和11年だ。日本の医学者、杉靖三郎がわが国にそれを紹介したのは、昭和20年代の後半ではなかったか。

セリエは肉体への刺激を、痛みや熱など、外的な要素から手をつけた。それを怒りや恐れといった情動までひろげ、副腎アドレナリンの分泌で、体内に影響を及ぼすと発展させたのは、アメリカの学者キャイン


Aaaaa中村天風氏の着眼は、その先駆をなしている。日本人は物まねばかりと、軽々しく言うわけにはいかない。

・・・・・・・・≪この書籍はすでに絶版となっている≫

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≪情報や本舗≫≪中村天風≫≪宇宙の不可思議≫≪人体の不思議≫

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     ≪若々しく生きるかわら版≫ASEAの公開資料

明治・大正・昭和と三代に渡り、波乱万丈の中生きぬき、多くの人々を啓蒙させた「中村天風」翁!基礎医学を学び医師の免許を持つが故に語れる講演も多く!数多くの講演の中より、ほんの一部を抜粋

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我々人間には、この宇宙の中に存在する一切のものが蕃く(ばんぞく)存在しているという、実に玄妙不可思議な事実があるからであります

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しかし、遺憾にも多くの人々は、人間というものに生まれながら、自身の有する不可思議な特徴を知らずに活きている人が多い。

ご承知のとおり、この宇宙の中には、動物、植物、鉱物という名目を与えられている、いわゆる物質というものがあります。

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化学者はこれを、有機、無機の二者に大別しておりますが、いずれにしても、こういう名目の物質が宇宙の中に存在しているところが不可思議であるが、我等人間にはこの宇宙の中に存在するこれらの一切のものが存在しているのであります

第一に、肉体を組織している筋肉とか、骨、《例えばカルシウムは骨の無機質を構成し、筋肉の刺激と筋肉の収縮に関係している》

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血液やリンパ球というような物質は、《ナトリウムや鉄は血液など細胞外液に含まれている》

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大部分鉱物の有する生命と同様の形式で存在している《カリウムは細胞内にマグネシウムは酵素類の活性化、軟骨と骨の成長などに重要な働きをしている

その他、微量ながら亜鉛・マンガン・ニッケル・スズ・鉛などの金属元素がある

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