【天風のエピソード】

≪天風のエピソード≫≪犬が破傷風≫≪思った通りになるんだ≫

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「天風」もインドの山奥カンチェンジュンガの村で、聖人カリアッパ師から病気(奔馬性肺結核―馬が走るがごとくわずらいの進行が早いと言われた結核病)の直し方を教わろうとしたときに、師が弟子に命じて横切った野良犬を捕らえて、その犬の足をナイフで傷つけ、其の血のりのついたナイフで「天風」の腕に切りつけた
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医学の知識をもっている(医学博士)「天風」は破傷風になるのは確実、なるなる必ずなると思っていて、其のとおりになってしまった。
【コロンビア大学医学部で基礎医学を学んでいた】
カリアッパ師に「結核は治らない、おまけに破傷風にまで罹ったいったい・・・・」と「天風」は尋ねた、そこで師は弟子に命じて傷ついたあの野良犬を見つけてつれ越させ、犬の足を見せたところ、傷はとうに癒えていた。師はそこで「犬は治ったのに、お前はなぜ治らないのだ?」と「下等な犬が治って上等な人間がなぜ治らないのだ?」
「犬は治ることを信じて、ただただ傷口を舐めつづけた、ところがお前は血のついたままのナイフで切られ、今居る場所と言えば亜熱帯気候の湿度の高い、おまけに消毒・くすり・包帯も無い。破傷風菌が入って中枢神経がおかされて間違いなく破傷風になると思ったに違いない」
「お前が思ったとおりになっただけなのだ!」「人間は自分の思ったとおりになるものなのだ!」天風はこのとき初めて心に染み入る言葉を聞いたと、このときが「哲人中村天風」誕生なのかも!

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≪哲人ー中村天風翁≫≪生き仏ー石川素童禅師≫≪Tenboss mori≫

 

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「天風」もインドの山奥カンチェンジュンガの村で、聖人カリアッパ師から病気(奔馬性肺結核―馬が走るがごとくわずらいの進行が早いと言われた結核病)の直し方を教わろうとしたときに、師が弟子に命じて横切った野良犬を捕らえて、その犬の足をナイフで傷つけ、其の血のりのついたナイフで「天風」の腕に切りつけた。

F0116817_19325492遠くカンチェンジュンガを望む!【画像クリックで奥にヒマラヤが見える】

 

医学の知識をもっている(医学博士)「天風」は破傷風になるのは確実、なるなる必ずなると思っていて、其のとおりになってしまった。

 

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カリアッパ師に「結核は治らない、おまけに破傷風にまで罹ったいったい・・・・」と「天風」は尋ねた、そこで師は弟子に命じて傷ついたあの野良犬を見つけてつれ越させ、犬の足を見せたところ、傷はとうに癒えていた。師はそこで「犬は治ったのに、お前はなぜ治らないのだ?」と「下等な犬が治って上等な人間がなぜ治らないのだ?」

 

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「犬は治ることを信じて、ただただ傷口を舐めつづけた、ところがお前は血のついたままのナイフで切られ、今居る場所と言えば亜熱帯気候の湿度の高い、おまけに消毒・くすり・包帯も無い。破傷風菌が入って中枢神経がおかされて間違いなく破傷風になると思ったに違いない」
「お前が思ったとおりになっただけなのだ!」「人間は自分の思ったとおりになるものなのだ!」

天風はこのとき初めて心に染み入る言葉を聞いたと、このときが「哲人中村天風」誕生なのかも!


成功の実現
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中村 天風

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≪天風翁が師と仰ぐカリアッパ大僧正のエピソードは数知れない、天風翁自らが講演で語る噺が・・・書き込み予定≫Ages_3

 

 

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≪中村天風≫≪スエット・マーデン≫≪Success Magazin ≫≪How to get what you want ! ≫≪Tenboss mori≫ パート❶

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天風氏は不治といわれた「奔馬性肺結核 にかかってしまいました。これは重症難治肺結核病で 死に直面すると人間は誰でも同じような行動を取ると思いますが、天風氏も 助かりたい一心で医学・宗教・哲学・心理学の本を読みあさったそうです 成功哲学の創始者とも言われる「オリソン・スウェット・マーデン」氏に会うためにアメリカへ渡る

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創業が

原文で読み取ることが出来た「中村三郎⇒天風」

 

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≪中村天風≫≪スエット・マーデン≫≪Success Magazin ≫≪How to get what you want ! ≫≪Tenboss mori≫ パート❸

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How To Get What You Want【欲しいものを手に入れる方法】


コンテンツ・・・第1章(Chapter1)から第11章(Chapter11)を以下に訳した


Chapter❶.何かが彼に触れた(Something Touched Him)

Chapter❷.欲しいものを手に入れる方(How To Get What You Want)

Chapter❸. 嬉しいゲーム(Playing The Glad Game)

Chapter❹.落胆 病気ー治し方(Discourangement A DiseaseーHow To Cure It)

Chapter❺ 山を動かす力(The Force That Moves Mountains)

Chapter❻.信仰と麻薬(Faith And Drugs)

Chapter❼.自分の見つけ方(How To Find Oneself)

Chapter❽.繁栄の引き寄せ方(How To Attract Prosperity)

Chapter❾.考え尽くす(Thinking All Over)

Chapter❿.心は自分と対話する(Heart Talks With Youself)

Chapter⓫. 神とのパートナーシップ(Our Partnership With God)

 

マーデンが現代の自己開発や成功文学の大御所ともいうべき作家、デール・カーネギー、ロバートシュラー、ノーマン・ビンセント・ピール、ナポレオン・ヒル、オグ・マンディーノなどにも多大な影響を与えていることは彼らの著作や推薦からも明らかなことです。

その後、マーデンは、「忍耐力」「楽観主義」「信念」「集中力」「自信」といったテーマで45冊に及ぶ著作を発表し、1897年に、人生とビジネスで成功をつかむための専門雑誌「サクセス・マガジン」を創刊させました。

 

 

このサクセス・マガジンの歴代編集長には、ナポレオン・ヒル、オグ・マンディーノ、スコット・デガーモなど成功分野で活躍した多くの人材を輩出しています。

マーデンの成功理論は、安易なプラス思考ではなく、究極の楽観主義を一貫して主張しています。そして本当の楽観主義は、失敗し挫折を経験し悲観的になった人こそ、本当の楽観を手に入れることができると説き、楽観と悲観は表裏一体の関係にあることを力説しています。

多くの成功者の取材という真実を追求するジャーナリストの視点から研究し証明したマーデンの成功理論は、あらためて「成功に王道はない」という常に変わらぬファンダメンタルズ(根本原理)を再確認させてくれます。

マーデン博士は言います。
「失敗しないノウハウは存在しない。あるのは失敗から立ち上がるノウハウだけだ。そしてすべての人は、自分の力で人生を成功へと導く、限りない能力を秘めた運命の支配者である」と。

人生のすべてを成功哲学の確立に捧げた人物。それがオリソン・マーデン博士なのです。

 

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≪中村天風≫≪スエット・マーデン≫≪Success Magazin ≫≪How to get what you want ! ≫≪Tenboss mori≫ パート❷

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The most valuable thing whichever comes into a life is that experience, that book, that sermon, that person, that incident, that emergency, that accident, that catastrophe-that something which touches the springs of a person's inner nature and flings open the doors of their great within, revealing its hidden resources. There is in every normal human being a sleeping lion. It is just a question of arousing it, just a question of something happening that will awaken us, stir the depths of our being, and arouse the sleeping power within us. Every discovery of new powers, new assets in yourself, stimulates you tremendously to new efforts, to new endeavor. We have all seen instances where an ordinary clerk, with seemingly ordinary ability, has suddenly been promoted, and the stimulus, the tonic of advancement, the new hope of further success that has prodded them, has often added twenty-five or fifty per cent to their ability by uncovering new resources, new and before undreamed of powers.

人生に訪れる最も価値のあるものは、その経験、その本、その説教、その人、その事件、その緊急事態、その事故、その大惨事であり、人の内なる性質の泉に触れてドアを開け放つ何かです。隠されたリソースを明らかにします。すべての正常な人間には、眠っているライオンがいます。それは、私たちを目覚めさせ、私たちの存在の深みをかき立て、私たちの中に眠っている力を呼び起こす何かが起こっているという問題です.自分自身の新しい力、新しい資産を発見するたびに、新しい努力、新しい努力へとあなたを大いに刺激します。一見普通の能力を持った普通の事務員が突然昇進し、刺激、昇進の強壮剤、彼らを駆り立てたさらなる成功への新たな希望が、しばしば25または50パーセントを追加した例を私たちは皆見てきました。新しいリソース、新しい、そして以前は夢にも思わなかった力を発見することによって、彼らの能力に

 

Dr. Orison Swett Marden was an American author of inspirational literature. He primarily wrote about how to achieve success in life through the adoption of virtues and common-sense principles.

Marden's 1917 self-help book "How to Get What You Want" aims to help the reader change their life to become more fulfilling and successful through following the basic laws of success and prosperity that are available to everyone.

Including simple steps and invaluable advice, this timeless volume can help you change your life just as it has helped countless people before you.

 

オリソン・スウェット・マーデン博士は、感動的な文学のアメリカ人作家でした。 彼は主に、美徳と常識の原則を採用することによって人生で成功を収める方法について書いています.

マーデンの 1917 年の自助本「How to Get What You Want」は、誰もが利用できる成功と繁栄の基本法則に従うことで、読者が人生をより充実した成功に変える手助けをすることを目的としています。

簡単な手順と貴重なアドバイスを含むこの時代を超越した本は、あなたの前に数え切れないほどの人々を助けてきたように、あなたの人生を変えるのに役立ちます.

マーデンが現代の自己開発や成功文学の大御所ともいうべき作家、デール・カーネギー、ロバートシュラー、ノーマン・ビンセント・ピール、ナポレオン・ヒル、オグ・マンディーノなどにも多大な影響を与えていることは彼らの著作や推薦からも明らかなことです。

その後、マーデンは、「忍耐力」「楽観主義」「信念」「集中力」「自信」といったテーマで45冊に及ぶ著作を発表し、1897年に、人生とビジネスで成功をつかむための専門雑誌「サクセス・マガジン」を創刊させました。

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1897年に、人生とビジネスで成功をつかむための専門雑誌「サクセス・マガジン」を創刊させました 2022年!今でも発刊し続けているのに驚きを感じません 「三郎⇒天風」がすでに 「Orison Swett Marden」という

 

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このサクセス・マガジンの歴代編集長には、ナポレオン・ヒル、オグ・マンディーノ、スコット・デガーモなど成功分野で活躍した多くの人材を輩出しています。

マーデンの成功理論は、安易なプラス思考ではなく、究極の楽観主義を一貫して主張しています。そして本当の楽観主義は、失敗し挫折を経験し悲観的になった人こそ、本当の楽観を手に入れることができると説き、楽観と悲観は表裏一体の関係にあることを力説しています。

多くの成功者の取材という真実を追求するジャーナリストの視点から研究し証明したマーデンの成功理論は、あらためて「成功に王道はない」という常に変わらぬファンダメンタルズ(根本原理)を再確認させてくれます。

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マーデン博士は言います。
「失敗しないノウハウは存在しない。あるのは失敗から立ち上がるノウハウだけだ。
そしてすべての人は、自分の力で人生を成功へと導く、限りない能力を秘めた運命の支配者である」と。人生のすべてを成功哲学の確立に捧げた人物。それがオリソン・マーデン博士なのです。

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≪頭山満≫【玄洋社】≪中村天風≫≪Tenboss mori ≫【情報や本舗】   =パート①=

Caqz4hqvAgestennhuuCaqz4hqv      ≪若々しく生きるかわら版≫ASEAの公開資料

 

 

中村天風が生涯≪師≫と仰いだ御仁が、頭山満翁ということは中村天風を知りうる人には周知の事実である!

 

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中村天風を語る上に「頭山翁」の名が!天風先生とのまつわる話が!また口述本には頭山翁の話が多くでてくる

 

 

 

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■天風先生の講演を本にした口述本「心に成功の炎を」!その中で「頭山翁」について「中村天風」自身の言葉で、次のようにお話している

 

 


・・・・「ところが、あの頭山満という人、ひとたびまなじりを決せば、支那四百余州を震撼せしめるというぐらいの偉大な英雄(翁は、勤王、自由民権、条約改正と、特に孫文が起こした中国辛亥革命以外に、さまざまな運動に大きく関わった!)であっても、しょっちゅう、にこにこ笑ってますわ。腹立てたこと見たことないもん。」・・・・・

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・・・・「男子いったんまなじりを決するのは、こと国家に関係する時だけだ。くだらないことでもってまなじりを決するなんてのは男の恥だぜ。私は家にいて、家庭でほかの者がどんなしくじりをしても、けっして小言を言わない。腹が立たないもん、私。こういう人々を養っている私が一番の養い手だと思えば、責任はこっちにある。男が、くだらねえことで怒るようだったら、だめだぜ」・・・・・・

 

Cas9mfgt≪上記の写真は:1924(大正13)年、頭山満翁(左)と天風先生(右)・・・天風先生が「心身統一法」を東久爾宮、北白川宮、竹田宮にご進講し、その引き出物をもって報告に訪ねたところ≫

いつも、くだらないことに腹を立てている、わが身を省みて、穴でもあったら、入りたいような気持ちになる・・・≪怒らず!怖れず!悲しまず!の”三勿”で一番難しいのが「怒らず!」だと天風先生は言っていたそうです≫

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■「盛大な人生」と言う口述本の中でも、「頭山満翁」のことを、「哲人、赤子のごとし」と評して

・・・・「私がまだ22・23歳の時、頭山満先生に会いたいという人を、孫文が連れてきた。連れてこられた人間は日本人です。孫文が頭山さんのことを非常にほめるもんだから、いっぺん会ってみたい、というのでやってきた。大きな請負師の親方だった。今でいうと暴力団の親分みたいなもんだ」・・・・・

 

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・・・・「頭山さんと一緒に飯を食って、2~3時間過ごしてから、頭山先生が、『一緒に送ってやれ』と言うもんだから、それで孫文と私(天風先生)と二人で、その人間を送っていって、その人の宿に着いたところで、孫文が『どうでした、長年会いたいと思っていた頭山さんに会って、今の、お気持ちは?』と言ったら、その請負師が、『なーんだ、ただのじじいじゃねえか。何の変哲もね、ただのじじいじゃねか。話していることはくだらねえことばかりで、何か大変いいことを聞かしてくれるかと思いきや、女の話ばかりして、なんだ、あんなもん』こう言ったら、

 

<孫文が『あれが偉いんだ』『どこが偉いんだ?』『あれだけポーッとしていながら、あの人の言うことはだれでも聞いて、あの人の為ならすぐ命を捨てようとする者が幾人もいるんだ。普通の人間には、あれはできないんだ』それを私、脇で聞いていて、ああ、やっぱり、俺が思っていた通り偉いんだ、あの先生は、とこう思ったことがある」・・・・

その当時、頭山さんの周囲には、総理大臣のような立派な人物から、食い詰めた浪人者、それに、ヤクザの親分のような者まで、有象無象、いっぱい集まって来ていたらしい

 

 

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【孫文】⇒

 

1895年から1925年までの30年間、数度にわたる亡命生活で、日本で10年近くも暮らしている。≪天風翁は預け於かれた「玄洋社」で孫文との交流が始まった≫その間の生活費を含め、頭山を通じて多くの日本人が世話をしているのである。孫文は辛亥革命ののち、臨時大統領に選ばれた時、南京で行われた就任式典に頭山満と犬養毅を国賓級のゲストとして招待した

 

≪一方の中村天風は、インドから帰路について、上海に入港した折、第二次辛亥革命に巻き込まれた≫孫文は死の床についた時も、そばにいた萓野長知や山田純三郎に、「犬養先生は元気ですか。頭山先生は元気ですか」ともらしたそうだ

 

 

この本の中に、頭山翁について、次のような逸話が紹介されている。

 

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≪中村天風の生きる手本≫≪宇野千代著≫≪Tenboss mori≫

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中村天風翁の講演内容を宇野千代が構成し著述したもので、殆どが天風翁の語りかけ【一部】にページが割かれている。人としてどう考え!どう行動するか!
といった基本的な内容が書かれてあり、 「天風先生と私」【二部はわずか、8ページ!】には宇野氏が天風氏との出会いと感謝の言葉で始まり、全く書けなくなった小説が心掛けを変えるだけで書けるようになったといった事例が紹介されている

 

    ≪アマゾンでは、ないですが 「なか見!検索」≫

 

51wa6cfrn4l⇒『天風先生座談』の表紙です

 

 

いろいろ書けなくなりそうな事情はあった。それにしても、ぴたりと、1行も書けなくなろうとは。その頃の私の頭の中に去来した思いの一つに「私はもう書けない。

 

私にはもう書くことがない。私はちょうどそういう年齢に達したのだ。詩想が枯渇する年齢に達したのだ。」という、一つの牢固として抜き難い考えがあった。

 

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「人間は何事も自分の考えた通りになる。自分の自分に与えた暗示の通りになる。」ある夜、天風先生が言われた。「出来ないと思うものは出来ない。出来ると信念することは、どんなことでも出来る。」そう言われた。本当か。では、私は、書けないと思ったから書けないのか。書けると信念すれば書けるようになるのか。

 

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17、8年の間、ぴたりと1行も書けなかった私が、ある日、ほんの2、3行書いた。書ける。また、1枚書いた。書ける。ひょっとしたら、私は書けるのではあるまいか。そう思った途端に書けるようになった。書けないのは、書けないと思ったから書けないのだ。書けると信念すれば書けるのだ。

 

この思いがけない、天にも上るような啓示は何だろう。そうだ。失恋すると思うから、失恋するのだ。世の中の凡てが、この方程式の通りになると、ある日、私は確信した。そのときから、私は蘇生したように書き始めた。
なぜ、書けたのか。答えは簡単である。書ける、と確かに信念したからだというのです。

 

         【宇野千代著「天風先生座談」より】

 

Agesohann■この「おはん」の執筆&出版以後、一行足りと藻かけなくなったそうだ

 

 

 

 

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中村天風のお弟子さんの一人、宇野千代さんのお書きになった『天風先生座談』が、「知的生きかた文庫」・・・(三笠書房さんもいい名前の付け方)から新装版として刊行されました。

 

本文中に小見出しを多く入れ、開いたページの内容が直ぐにつかめるよう再構成されて、中村天風の教えをわかりやすく紹介しています

 

 

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文庫の「帯の推薦文」は松下幸之助さんが書いていますよ!松下幸之助が天風先生について語っている数少ないものでしょうね・・・【誰しも倖せをもとめながら、それが得られないのが人間の現実の姿。これはいったいどういうことであろうか。

 

天風先生は波瀾万丈のその体験を通じて、生きるか死ぬかというギリギリのところで、その一つの答えを身をもって悟られた。その説かれるところきわめて明快、しかもまことに面白く、思わず引き込まれて読みすすむうちに、知らず知らずに人間として大切なものを教えられる思いがする】 推薦 松下幸之助」

 

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【←が『天風先生座談』の新刊表紙です】文庫本はこちら(帯は単行本にしか付かないよね?文庫についたら楽しいかも?)

 

 


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≪哲人ー中村天風翁≫≪生き仏ー石川素童禅師≫≪TENBOSS MORI≫

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  【哲人中村天風】          【禅師石川素童】

【本の著者は50歳で中村天風師に教えを受け、長年にわたって天風会京都支部長をされ、平成九年で100歳を迎えた橋田雅人氏(元京都市歯科医師会理事)で天風先生の歯の主治医として、貴重な話が沢山掲載されていての活き仏と世間の多くの人から崇められた石川素童禅師と中村天風氏との、将に禅のバトル「禅問答」です】

 

 

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世間≪情報や本舗≫の人々から、活き仏と渇仰尊敬された、かの有名な禅師、曹洞宗中興の祖と信徒の全てから崇められた石川素童禅師(1841~1924)が、哲人の門下の一人となった。

 

これは、ちょうどこれまた当時日本一の儒聖として文名のあった、杉浦重剛先生(1855~1924)と“東洋のネルソン”と呼ばれた一代の聖将・東郷元帥が、相伴って入門したのとほとんど時を同じくしていた。いずれもそれは、大正の終わり頃である。

 

ただその入門の動機には、素童禅師の場合は、後二者の方とやや異なるものがある。杉浦大先輩は、哲人の恩師である頭山立雲(満翁)と徳富蘇峰先生の紹介で来会し、

 

東郷元帥は、日高海軍大将と第一高等学校の名舎監であった谷山初七郎氏の紹介で入門したのであるが、素童禅師は、せんじつめると、哲人との禅問答が、その因をなしている。極めて興味ある事実が、この哲人と一代の名僧との縁起の動機となったのである。

 

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そもそもの事の起こりは、哲人の言論の先輩である田中舎身居士(1862~1934)が、ある時、「南条文雄(文学博士で僧侶)が、『信仰と信念』という講演をやるからと招待状をよこしたから、同行しないか」と、哲人を誘い、鶴見の総持寺に行った。その時に、庫裏に一人の老僧がいた。そしてその老僧が、何くれとなく、極めて気軽に来賓に点茶して愛想よく接待しているので、それを舎身居士も哲人も、まさかに一代の名僧・石川素童と気づかなかった。

 

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哲人のごときは何の気兼ねもなく、「おい、もう一杯ください」と、無遠慮に、差し出されるままに茶を飲み、菓子を食し、例の通りの虚心恬淡の天衣無縫ぶりを発揮されたらしい。すると大悟徹底されている禅師は、少しも意に介せず、というよりは、むしろ好ましげに相槌を打たれていた。

 

その時、南条博士が入室してきて、舎身居士に、「石川大上人をご紹介しよう」と、いとも丁重に礼を厚くして紹介された。その言葉を耳にした哲人は、(ハハァ、どうりで普通の人とは違った優れた風格のある人だと思った。・・・が、そうとも知らず、かなり勝手に振る舞って、いささか申訳ない)と、心中ひそかに思っていると、

 

舎身居士と初対面の挨拶を終った素童禅師は、やおら南条博士を顧みて、「あの若い方は誰じゃな?」と、哲人を指した。もちろん、南条博士は哲人と知己でないので、「さあ、誰でしょう」と言うと、舎身居士が、「こやつは玄洋社の暴れん坊で、頭山翁の門弟の中でも有数な偉い奴で、わしの弟分の天風ちゅう男です」と、何と実にあきれ返った紹介をしたそうである。

 

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元来、田中舎身という人は、実に悟りきった論客であった。現に(胃癌で)死ぬ時床の上に座ったまま、「俺は山岡鉄舟と同様、座禅したまま死んでみせる」と言って、その通り座勢のままで他界したというくらい気の強い人なのだ。

 

そういう傑れた人だけに、早くから哲人と兄弟同様の親交を続けていたのである。要するに、同気相求めて肝胆相照らしたのであろう・・・。

 

すると、この無造作で乱暴な舎身居士の紹介を耳にした素童禅師は、眼を細めて、「うん、そうじゃろう。・・・確かに偉い人じゃ、あんた達よりは・・・。眼でわかる」と、ポツリとつぶやくように言った。

 

それから哲人の方に向かって、「蒼龍やがて雲梢に昇ろう!!」と言った。その言の終わるか終わらぬうちに、「ご配慮ありがとう。・・・でも、もうすでに雲梢に昇りつつありです」と、哲人は昂然として答えたのだ。
 
すると禅師が、「やあ、ますますよろしい。皆さん!!愚僧の居室に来なさい。もう少しの間、この人を中心にして話したいから・・・」と、哲人を見ながらそう言って、その座にいる一同を連行し、上人の居室に招じ入れた。そして「さあ」と各自に座布団を勧められ、自分も褥の上に裾座した。

と見ると、禅師だけが座布団を二枚重ねて座っているので、哲人が、「禅師だけが座布団を二枚敷かれるのは?」と気軽に言うと、禅師は、ニコッと笑顔して片手を上げ、床の上に置いてある木魚を無言のままに指す。

 

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つまり木魚さえ三枚の座布団を敷いているから、わしが二枚敷くのは当然よ、という意味らしい・・・と、そうと知ってか知らずか哲人はふと立ち上がり、いきなりその木魚の前に座して、かたわらにある打棒でポクポクポクポクと木魚を叩き出した。

 

 

暫時黙然と木魚を凝視してから、やがて丁寧に木魚に一礼して立ち上がり、自分の座に帰ると思いきや、いきなり禅師の頭部を、木魚の打棒で軽く三回叩いた。この非礼の行為に、禅師は半ば怒り半ば驚いたように、「何をする!!」と、低力のある声で不興気に言った

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哲人は、さもおかしいという顔で、禅師を座布団から引き降ろすようにして急いで上の座布団を取りのける。
「木魚はいくら叩いても怒らん。・・・が、貴僧はちょっと頭を叩かれただけで怒られた。すると、まだ二枚敷くのはどうかと思う。私が敷きますわ。」と、一休禅師の故事にならったように、その座布団と自分の座布団を重ねて、どっかと趺坐したのである。

 

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すかさず、今度は禅師が問答に常用する笏棒で、ピシリと哲人の肩先を強く打った。すると哲人は、ひとしおニコニコしながら、「ありがとう!!禅師の痛棒をいただくとは。でも、お年のせいか痛くありませんよ。もっと力を入れてください。」と、ひと膝進めた。禅師はやにわにその笏棒を投げ捨て、舎身居士を顧みると、「なるほど、ほんとに偉いわ」と言ったそうである。

 

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これが動機で、禅師、六十五歳にして天風会に入門したということを、その時哲人に随行していた菱田将軍(舎身居士の遠縁)が、折りあるごとに会員に話していた。そして、また、哲人に向かって禅師は、「禅定五十年、いまだ徹せざるものに徹し得た」と、感慨無量に言った。すると、その時かたわらにいた杉浦儒聖は、「活き仏にして、なおその言葉ありや?」と言う。笑んだ禅師は、「悟諦これ無尽蔵」と、莞爾として答えた。

 

すると一部始終を黙然として聞いていた聖将・東郷元帥は、いく度かの生死を乗り越えてきた尊い体験を回顧してか、「その通りじゃ」と、強くうなずいたという。

 

 

素童禅師よりも二十年も若年であった天風師が、「貴僧は既に悟入徹底の方とお見受けするが、何の要あって後輩者の説を聴こうとされるや?」と、問うたところ、率直に、しかもしみじみと禅師は、「悟入徹底未だし、況んや教法の実行に於いておや。人生というものは、なかなかもって悟れるものではござらん」と言い、実に遷化(死去)の間近まで杉浦先輩と同伴で、熱心に聴講していた。

 

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                【石川禅師の自筆掛け軸】

実際、その真理に対する謙虚の態度は、演壇上から思わず合掌したい気持ちにしばしばなさしめられたという、天風師にとって、価値の高い思い出がある。

 

そして、降壇後、親しくかたわらに来てうやうやしく合掌礼拝され、「今日もまたありがたいかな。煩悩心が洗われました」と、心の底から感謝されるのには、当時まだ若輩たりし天風師としては、思わず内心忸怩たるものをしばしば感じ、いっそう自己の研修心に拍車したものであったという。

 

 

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≪哲人天風≫≪聖人カリアッパ≫≪その出会い!≫≪Tenboss mori≫

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「盛和塾」の塾長京セラの稲盛名誉会長は、「中村天風」に深い共感を示し、その教えをご自身の人生に、事業に、取り入れて活用したといわれる。「天風」は奔馬性肺結核に罹った、稲盛氏も少年時代、天風と同じように結核を患った。そのときお隣に住む奥さんが「天風]の著述本を貸してくれたらしい、そこで稲盛氏は本をむさぼり読んだそうです。

 

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その本の一節に、「病気になったのは、病気を引き寄せる弱い心を持っているからだ」という言葉が、なぜか稲盛氏は強くこころ引かれたらしい!

 

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F0116817_19325492遠くカンチェンジュンガを望む!【画像クリックで奥にヒマラヤが見える】

 

 

「天風」もインドの山奥カンチェンジュンガの村で、聖人カリアッパ師から病気(奔馬性肺結核―馬が走るがごとくわずらいの進行が早いと言われた結核病)の直し方を教わろうとしたときに、師が弟子に命じて横切った野良犬を捕らえて、その犬の足をナイフで傷つけ、其の血のりのついたナイフで「天風」の腕に切りつけた。

 

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医学の知識をもっている(医学博士)「天風」は破傷風になるのは確実、なるなる必ずなると思っていて、其のとおりになってしまった。

 

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カリアッパ師に「結核は治らない、おまけに破傷風にまで罹ったいったい・・・・」と「天風」は尋ねた、そこで師は弟子に命じて傷ついたあの野良犬を見つけてつれ越させ、犬の足を見せたところ、傷はとうに癒えていた。師はそこで「犬は治ったのに、お前はなぜ治らないのだ?」と「下等な犬が治って上等な人間がなぜ治らないのだ?」

 

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「犬は治ることを信じて、ただただ傷口を舐めつづけた、ところがお前は血のついたままのナイフで切られ、今居る場所と言えば亜熱帯気候の湿度の高い、おまけに消毒・くすり・包帯も無い。破傷風菌が入って中枢神経がおかされて間違いなく破傷風になると思ったに違いない」
「お前が思ったとおりになっただけなのだ!」「人間は自分の思ったとおりになるものなのだ!」

天風はこのとき初めて心に染み入る言葉を聞いたと、このときが「哲人中村天風」誕生なのかも!


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中村 天風

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≪天風翁が師と仰ぐカリアッパ大僧正のエピソードは数知れない、天風翁自らが講演で語る噺が・・・書き込み予定≫Ages_3

 

 

 

 

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