■中村天風■

≪心が強くなる言葉≫≪中村天風≫≪思考を積極化≫≪観念要素の更改≫

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     ≪若々しく生きるかわら版≫ASEAの公開資料

中村天風の新刊本が本日(9・15)全国書店にて発売!■


『とにかく気楽な気分で生きられる人間におなんなさいよ!そうすると第一、あなたがたの顔が違ってくるもん、おつき合いで笑おうっていうような顔で笑わないで、心の底から、本当に、もうほんとに溶けるような笑顔ができるようになるから!」

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【見開きのページにはこうあります】

≪罰当たりな現代人よ、人生の一部分が手に入った、入らないで、悩んでいないか≫

≪金だ、家だ、仕事だ、名誉だ、愛だ、って、たしかにみんな大切なものではありますが、命あってのものでしょう。
それ以外は、しょせんは、人生の一部でしかないんですぜ。≫


Read_04この本を立ち読みできます!ダウンロードが必要ですがとてもカンタン

ダウンロードページebookjapan電子書籍の要領を見てみては


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人生は心ひとつの置きどころ。極楽にするには心の持ち方を変えれば良い

人は第一に自分の身体や感情に負けない心を作らないといけない

感謝するに値するものがないのではない。感謝に値するものを、気がつかないだけだ

【1ページごとに「心が強くなる言葉」が書かれてある】鞍馬天狗』のモデルが中村天風!≫

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中村天風は、「思考が人生を創り、感情が運命を左右する」
だからこそ思考を積極化することが人生を創り変えることに通じ、感情を統御することが自らの運命を自らの手で拓くことになる」と説いています。

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この思考の革新を、中村天風は「観念要素の更改」と言い、その基本は、潜在意識から、怒り、悲しみ、妬み、恨み、などの心を消耗させる消極的な観念を取り去ることだと

最近プラス思考という言葉が定着し、潜在意識のもつ意味も一般に理解されるようになってきました。

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≪中村天風≫≪昭和15年の北海道講演≫≪声が出なくなった?≫

Agesburogu_22012・1・18・・天風会員の方から誤記がありますと!教えていただき手直ししての書き込みです


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1994年に日本経営合理化協会から出た中村天風述『心に成功の炎を』(=口述本)から一部抜粋の記載を見つけ、札幌講演で、天風先生が、かつて奔馬性結核になって血を吐いて以来のことではないか?まさに血を吐きながらの講演だった模様が・・・・・・・

昭和15年=1940年というと太平洋戦争に向かって世界中で火の粉がくすぶり始めた・・・!日本でも、今で言う原発対策で身につける緊急防護服・・・・防空頭巾にもんぺにゲートルと非常時服装が急増し、アルファベットの使用禁止からアナウンサーが⇒放送員と改称したとか時代は過ぎてもいまに通じることがあるのですね・・・・

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「心に成功の炎を」=中村天風述=・・・・第7章の生き生きと勇ましく「強靭の編」からの抜粋

これは自慢してもいいことだから自慢するけど、昭和15年、北海道から講演を頼まれて、いざ行こうとする三日前に、急に私、声がでなくなっちゃった。言論家の声のでないのは、ちょうど武道家が試合に行くときに、腕なり腰なりをくじいたか、折ったかというのと同じことだ。これが本当の声患(こえわずら)いだといわれたけれども、確かに声患いだ。

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そら、えらいもんですな。朝、いつものとおり、ベランダでコーヒーを飲んでいて、もう一杯おかわりをもらいたいと思ってね、普段なら「おい、もう一杯」とこう言えるのが、「おっ、うっ」…おかしいな。でないんですよ。そうしたら、うちの者が「どうなすったの?」「うっ」。それからしょうがないから、手でもって「声がでない」と書いた。それでもわからないもんだから、筆をもってきて、紙にチョイと書いた。

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講演がとにかく三日後にあるから、北海道へ行かなきゃならない。北海道じゃあ、「日本三大言論家の一人来る」という広告をだしている。大正の初期の日本の三大言論家とは、田中舎身(しゃしん)(仏教運動家)と鵜崎鷺城(うざきろじょう)(評論家)と中村天風だった。とにかくその広告を立て看板でもって、町の辻々に立てている。そこへ私が出掛けていこうとするのに、声がでなかったならば、これは司会者が大恥かくもんね。言論家が声がでねえじゃ、言論家じゃありゃしない。

すると、まさか私のほうから出向いて医者にかかるはずはないから、会の野崎さんが医者のほうから来れば別だろうというんで、私の竹馬の友に小野という耳鼻咽喉科の大家が東京神田のニコライ堂の前にいて、そこへ野崎さんが電話をかけたらしいんだよ。

「先生、急に声がでなくなっちゃったんですけれどね。遊びに来た体(てい)にして、ちょっとお出でになって診てくださらない?」といったら、向うじゃ半分ね、「ふだん、あのやろう元気で頑張っていやがるから、ざまあみやがれ、ほんとに。ほんとにひやかしてやれ」ぐらいのつもりで来たんでしょう。

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いつものとおり、「こんにちは」。まあ彼は三か月にいっぺんぐらいうちに来るんですよ。それで、ベランダに入ってきた。いつもだと、「ようっ、入れ」と、こう言う人間が何も言わないだろう、声がでねえんだから。むこうは声のでないの知っていやがんだけど、こっちは知ってきたとは思いやしねえ。

「どうした、元気か」  「うっ」  「おっ、声がでないのか」というから、 「うん」

「人の十人前も二十人前もふだんしゃべりやがるから、天罰だ。さあ、餅は餅屋。こういうときは、友達がいがあるんだ。さあ、口を開けてみな」といわれて、それでまた私も、ヒョイッと口を開けちゃったんだ。相手が親しい友達だから。そうしたら、ガチャッと入れやがったのは、暴れる子供ののどを調べるときの開口器。

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舌押さえの先に懐中電灯のついたやつで、最初笑いながら見てたよ。そうしたら、だんだん難しい顔しやがってね、「こりゃだめだ」と言いやがる。そうしたら、女房と野崎さんがいて、「何でございます?」

「癌。珍しい癌だ、こりゃあ。声のでるところのね、すぐ入院しましょう。うちの  病院でよろしい。だがしかし、受け合いませんよ。九十パーセントはだめだ、こりゃあ。幸いに命を取りとめられるとしても、一生、もの言うことができないだろう。けど、医者としてはこれは黙っていられないから、すぐ入院」と。

いかがです、あなた方。日本でも一、二を争う、よろしいか、耳鼻咽喉科の大家がそう言ったから、あなた方なら「ああ、大変」と、もう死んだような気持ちになってしまう。そのとき私は、ものが言えないんだから、筆で書いた。


「入院はしない。北海道へ行く」。書いたら、小野、何と思いやがったか、また筆を取りやがって、「入院しなければ死ぬ」と書きやがった。それからまたすぐ筆取って、「おれは耳は聞こえる」と書いてやった。

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そうして、だれが何て言おうとね、北海道へ行ったよ。そうして、やっぱり声がでない。初日、ちょうど幸い、札幌の大きな宿屋、山形屋にたまたま本郷房太郎陸軍大将(大正年間より天風会員)が来てたよ。そして、本郷さんは、陸軍大将の菱田という伝書鳩を日本に広めた少将を一緒に札幌に連れて来ていた

だから私は、この二人に、「ちょうどいいから、おれのかわりに講演してくれ。おれはこういうわけで声がでないから」と紙に書いて講演の代わりを頼んだんだよ。あの時分にはもう軍人が、まして大将が来るなんていうと、みんな喜ぶんだ。

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ところが、札幌でしょ。東京から行った学生がうんと札幌の大学にいますわ。それが、天風先生が来るというんで、とっても憧れの的(まと)にしてたらしくて、三千人以上、今井記念館に集まっちゃった。演壇のすぐ前のところまでもね、それでも入りきれない。そこで、表に拡声器だして、表にもまだ二、三千人いるってぐらいなんだ。

それでいながら、私が出ないんだろ。そら聴衆がさわきだしたよ。

「天風先生を出せえ」というと、また本郷大将が

「いま言うたとおり、お出になってもお話がでけんのじゃ」

そうするとまた、中には、「顔だけ見せろ」というやつが出てきちゃう。


控え室にいた私はね、そこまで言うのに出ていかなきゃかわいそうだと思って、出ていったよ。でも、声がでないんですから、しゃべれません。しかしね、この何干という聴衆から、とにかくこれだけの憧憬(どうけい)をうけてる以上は、たとえこの場でいま倒れて死んでも構わん、一言ぐらいは言わなきゃと思ってね、はじめてそのとき私は演壇の水を飲んだよ。

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そして、クンバハカになって、「しょくーん」と言ったら、大きな血の塊(かたまり)がパーッと飛びだしやがった。それと同時に、スラスラものが言えだしたじゃねえか。そのかわり、コンコン、コンコン血が出る。ハンケチ二枚とてぬぐい一枚がたちまち真っ赤。

そうしたらね、足元にいる学生たちがみんなですがりついて、「先生、もういいです。もうわかりました。やめてください」というから、「心配するな。おまえの血が出てるんじゃない。おれの血が出てるんだ。命なくすまでここに立ってないから安心してろ。おれの体はおれが知ってる。悪いもんが出ちまえば止まるから、心配するな」

一時間、血を吐きながらの講演。そらもう自分ながらね、勇ましいと思ったよ。もの言うたびに、ドロドロ、ドロドロ出るんだもん。それで、その晩は九度近い熱。それでも七日たったらね。けろっと治っちゃった。

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しかしそのときにもしも、最初に「これはいけねえ、即刻入院、即刻手術。けれどは助かるか、助からねえかはわからねえ」といわれたら、もう入院しない前にあなた方なら死んじまうよ。ちょうど幸い、そこに紙と筆があるから遺言書くだろう。ありもしねえ金のことを。

しかし、ありがたいかな、私は自分の命の正体は肉体でも心でもないと信念していますから、全然びくともしませんよ           (転載ここまで)

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≪鞍馬天狗≫【天風】≪大仏次郎≫【松下幸之助】【稲盛和夫】≪宇野千代≫【原啓】【後藤新平】

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     ≪若々しく生きるかわら版≫ASEAの公開資料

「心が空になる」の著者沢井淳弘はその本のあとがきに、こうある⇒「今になって、先生の著作を再読し講演テープを聴くと、天風という人は古今東西の哲学や思想に通暁した偉大な学者だった」 「現実の人生に生きる先生の姿は、すべての知識をすてさって、まさに”心が空になっている”きれいな心を持った人間だったなぁ、」と書かれている

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中村天風の講演や著作に共鳴し人生を学んだといわれる人々は数知れぬほどいます≪ココでは後述とします≫その中でも、強く影響を受け、よく知られる作家に「大仏次郎」「宇野千代」がいます

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あとがきに「大仏次郎」は中村天風をモデルに、有名な連作小説「鞍馬天狗」を書いた。とくに「地獄太平記」「雁だより」「新東京絵図」(小学館文庫)の三作に登場する鞍馬天狗の人物像は、私が知る天風先生の在りし日の姿と心映えを、ありありと写しだされているは・・・・・・≪やはり鞍馬天狗のモデルは「中村天風」だったのだ!≫


「中村天風」が「鞍馬天狗」だった?」では半信半疑、ところが「≪鞍馬天狗とは≫で≪中村天風がモデルで≫≪大仏次郎が書き下ろした≫では確信に、なぜなら天風翁が自身で講じていたからです

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あとがきは続く、みずから”女人天風”と言い続けた女流作家、「宇野千代には「天風先生座談」という、天風の公開講演の聞き書きがあり、これは文壇でも話題になり世間でよく知られるようになった。水上勉は、この本を読んで感動し、「自分の精神修養のために、座右の書としていると」 (宇野千代全集の付録冊子に記載)

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多くの人々が共鳴し、人生を学んだ中には、経営の神様といわれる「松下幸之助」が、ものづくり・物売りに迷いを生じたときに、天風翁「松下は人を売れッ!」と啓蒙され、その後の松下の経営戦略の一つとなったのではないか

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京セラの創業者「稲盛和夫」が人生に悔やまれる事が二つある、その一つは「中村天風先生の本という本は、すべて読み漁った。何故か?会わずじまいに来てしまった、会うことは出来たはずなのに」と、ある天風会員に語ったそうです

≪中村天風翁に薫陶をうけたとされる人々は100万人とも、口述本などに書かれている著名を以下に≫

A20shikishi100【中村天風翁の自筆の書】


天風を「哲人天風!」と称した「東郷平八郎」(海軍総司令官)・2011年5月、ビンラディン殺害の引き合いに持ち出されるほどの「山本五十六」(日本艦隊司令官)

平民宰相と崇められし「原敬」(総理大臣)・憲政の父と言われし「尾崎行雄」・「重宗雄三」(元衆議院議長)・園田直(元厚生大臣)・尾身幸次(元財務大臣&現天風会理事長)・丹羽雄哉(元厚生大臣)と層々たる政治家の面々

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311の大震災が起きて、こんな時に、こんな人が居てくれたらと待望論の「後藤新平」・・・医師で官僚で政治家であった

若き日の昭和天皇に、帝王学の一環として倫理を進講せし「杉浦 重剛」・活き仏と尊敬され、曹洞宗中興の祖と崇められた「石川素童禅師」・百貨店経営の神様と崇められし「山本素宗二」(伊勢丹を一流店にした功労者)・その山本宗二に学び3つの百貨店の経営にあたり、すべて成功<業界の仕事師>山中鏆(後東武百貨店社長)

世間に使えないものはないと、廃物を利用し商い、明治のセメント王「浅野総一郎」(浅野財閥の祖)・

皇族の方まで、またスポーツ界では今でも破られていない相撲界の連勝記録69連勝の名横綱「双葉山」・天風翁に学ぶ食事療法から西武ライオンズの球団選手の改革を起こした「広岡達郎」歌舞伎界・落語会・講談界、そして外国にまで、あのロックフェラー3世にして一緒にアメリカに着いてきてくれないのかとまで嘱望された・・・・

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≪頭山満≫【玄洋社】≪中村天風≫【天風会】   =パート①=

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     ≪若々しく生きるかわら版≫ASEAの公開資料


中村天風が生涯≪師≫と仰いだ御仁が、頭山満翁ということは中村天風を知りうる人には周知の事実である!

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中村天風を語る上に「頭山翁」の名が!天風先生とのまつわる話が!また口述本には頭山翁の話が多くでてくる

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■天風先生の講演を本にした口述本「心に成功の炎を」!その中で「頭山翁」について「中村天風」自身の言葉で、次のようにお話している



・・・・「ところが、あの頭山満という人、ひとたびまなじりを決せば、支那四百余州を震撼せしめるというぐらいの偉大な英雄(翁は、勤王、自由民権、条約改正と、特に孫文が起こした中国辛亥革命以外に、さまざまな運動に大きく関わった!)であっても、しょっちゅう、にこにこ笑ってますわ。腹立てたこと見たことないもん。」・・・・・

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・・・・「男子いったんまなじりを決するのは、こと国家に関係する時だけだ。くだらないことでもってまなじりを決するなんてのは男の恥だぜ。私は家にいて、家庭でほかの者がどんなしくじりをしても、けっして小言を言わない。腹が立たないもん、私。こういう人々を養っている私が一番の養い手だと思えば、責任はこっちにある。男が、くだらねえことで怒るようだったら、だめだぜ」・・・・・・

Cas9mfgt≪上記の写真は:1924(大正13)年、頭山満翁(左)と天風先生(右)・・・天風先生が「心身統一法」を東久爾宮、北白川宮、竹田宮にご進講し、その引き出物をもって報告に訪ねたところ≫

いつも、くだらないことに腹を立てている、わが身を省みて、穴でもあったら、入りたいような気持ちになる・・・≪怒らず!怖れず!悲しまず!の”三勿”で一番難しいのが「怒らず!」だと天風先生は言っていたそうです≫

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■「盛大な人生」と言う口述本の中でも、「頭山満翁」のことを、「哲人、赤子のごとし」と評して

・・・・「私がまだ22・23歳の時、頭山満先生に会いたいという人を、孫文が連れてきた。連れてこられた人間は日本人です。孫文が頭山さんのことを非常にほめるもんだから、いっぺん会ってみたい、というのでやってきた。大きな請負師の親方だった。今でいうと暴力団の親分みたいなもんだ」・・・・・

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・・・・「頭山さんと一緒に飯を食って、2~3時間過ごしてから、頭山先生が、『一緒に送ってやれ』と言うもんだから、それで孫文と私(天風先生)と二人で、その人間を送っていって、その人の宿に着いたところで、孫文が『どうでした、長年会いたいと思っていた頭山さんに会って、今の、お気持ちは?』と言ったら、その請負師が、『なーんだ、ただのじじいじゃねえか。何の変哲もね、ただのじじいじゃねか。話していることはくだらねえことばかりで、何か大変いいことを聞かしてくれるかと思いきや、女の話ばかりして、なんだ、あんなもん』こう言ったら、

<孫文が『あれが偉いんだ』『どこが偉いんだ?』『あれだけポーッとしていながら、あの人の言うことはだれでも聞いて、あの人の為ならすぐ命を捨てようとする者が幾人もいるんだ。普通の人間には、あれはできないんだ』それを私、脇で聞いていて、ああ、やっぱり、俺が思っていた通り偉いんだ、あの先生は、とこう思ったことがある」・・・・

その当時、頭山さんの周囲には、総理大臣のような立派な人物から、食い詰めた浪人者、それに、ヤクザの親分のような者まで、有象無象、いっぱい集まって来ていたらしい


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【孫文】⇒

1895年から1925年までの30年間、数度にわたる亡命生活で、日本で10年近くも暮らしている。≪天風翁は預け於かれた「玄洋社」で孫文との交流が始まった≫その間の生活費を含め、頭山を通じて多くの日本人が世話をしているのである。孫文は辛亥革命ののち、臨時大統領に選ばれた時、南京で行われた就任式典に頭山満と犬養毅を国賓級のゲストとして招待した

≪一方の中村天風は、インドから帰路について、上海に入港した折、第二次辛亥革命に巻き込まれた≫孫文は死の床についた時も、そばにいた萓野長知や山田純三郎に、「犬養先生は元気ですか。頭山先生は元気ですか」ともらしたそうだ


この本の中に、頭山翁について、次のような逸話が紹介されている。

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≪いつまでも若々しく生きる≫≪糖鎖≫≪中村天風≫≪究極の健康法≫

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若々しく生きるための”かわら版”≫⇒糖鎖情報や本舗

                                
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中村天風翁が自ら身をもって実践した≪究極の健康法≫についての話をまとめた講演録≪いつまでも若々しく生きる≫という、身体の真理を体系的に分かりやすく著述した貴重で希有な一冊がある類まれな成功哲学を分かりやすく面白く伝え、世に天風ブームを巻き起こした≪成功の実現≫の発刊10年後に世に出た本が≪いつまでも若々しく生きる≫・・・2冊とも一万円と高額だ

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ここでは、第二章の「食物と生活」1:生命の火を燃やすもの 2:食べて好いもの、悪いもの 3:正しい食べ方 4:食欲と空腹の違いの書き込みである

【本の紹介:他の章&カテゴリーは】⇒【コチラ】

面白い語り口調で【生命のを火を燃やす】には三つの条件が働くからだと・・・・・

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われわれの生命のいきているのは、三つの条件が働くためだということは、生理学上の通念であります!息を吸うことと、栄養を吸収することと、老廃物を排泄すること、この三つの条件が生命のを燃やす。科学的にいうと、新陳代謝の作用でおこなう条件になっている。

それをおこなうのは何かというと、心なのでありますが、たいていの人はこのことに気がついていない。 この三大条件は五臓六腑がおこなっていると思っている。

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胃だ、肺だ、心臓た、肝臓だ、腎臓だというふうに、五臓六腑がおこなっていると思っている。もちろん、直接には五臓六腑であります!しかし、この五臓六腑は、難しい言葉でいうと、オートマチックな力を持っていない。どんなに毛の生えている心臓であろうと、どんなに大食いな胃の腑であろうと、あやつり人形と同じであります。あやつり人形は自分で動く力はありゃしない。五臓六腑はあやつり人形と同じように、それをあやつる糸ともなるべきものがある。それが神経系統であります。

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もっとわかりやすい話をしようか。あなた方、腹が減るだろう。何か食いたい気持ちが出るね。腹が減るというのは、あやつりの糸の中の植物神経が、中枢神経を通じて、動物性神経の本拠である大脳に、いま消化器官の中に栄養素がないよ、と通知する。


それが腹が減ったという感じなんだ。空腹をうったえて来た時に、心が何か食おう、という感じになる。食おうという感じが出るから、食い物を探しだす。それを目の前に運ぶ、口に運ぶというのが運動神経。

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心が運動神経に、それ、口へ持っていけと命令する。どんなあわて者でも、臍へ持って行けとは言わない。笑うけれども、ほんとうのことを言っているんだ。口の中へはいるってェと、何も特別に注意されなくても、直ちに上顎下顎が運動を始める。咀嚼運動をね。学者というものはいやだね。口に入れたら噛みだすよ、でいいんだけれども、そういうと値打ちがないように思うんだよ。

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咀嚼運動。上顎下顎の自然運動をする。アンニャモンニャとやっているうちに、嚥下を自由にするために、呑み込みやすくするために、あら不思議なるかな、何もかんがえていなくても、舌の根から唾なるものがじくじくと湧いて出る。いきんで出す必要も何もない。自然に出て来る。自然に出て来るのは植物神経が、噛みだしたかい、そんなら呑み込みいいように唾やろうというんで、唾を出してくれる。どんな間抜けな奴にでも、植物神経がある。


呑み込みやすくなると、嚥下作用というものが起こる。それが起きなかったら、呑み込めないんだよ。これがまた、苦もなく呑み込めているものだからさ、そういうおかげがあるなどとは思いもしない。生命の本能の中に、生存確保の自然作用があるんだよ。

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そのときに、この喉のところに食道と気道との別れ道がある。微妙なるかな人体組織よ。パッと呑み込んだ瞬間に植物神経が働いて食道の方へ通す。この食い物が、とくに液体になっているんですから、ドロドロの麦芽状態で、あやまってフッと肺の中へはいったら大変だ。嚥下性肺炎というものを起こしちまう。これをお越したら、どんな医者が来ても駄目です。病がひどくなると、嚥下性肺炎になる。健康でいる間は、それは起こりません。


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重体になってからに、死が近くなると往々にそれが起こるが、健康の間は起こらないというのは、植物精神経がパッと空気のはいる方の管をふさいじゃう。頼まなくてもね。そして、胃の方へ通じる管だけが、パッと大きくなるから、ポンと落ちる。胃の中へはいるとよしやッというんで、胃はすぐぜん動運動というものを始める。肝臓、脾臓、膵臓から、こいつをドンドン、十二指腸という細いとこを通りやすいように、どろんとしたものにしてしまう、というありがたい作用があるんだぜ。

Uncomfortable_bathroom1■こんなトイレ!出るものも引っ込むかも?(笑)

十二指腸を通過して、小腸から大腸へはいると、腸はその中から、血となり肉となり骨となるものを、ぐんぐん組織の中へ吸い込んで、いらないものをぐんぐん直腸へ送り出す。そんなことは知りゃしない

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あなた方!お世話になっていながらね。直腸に送り出すと、そこにはまたノーパーク!つまり駐車場がない。そこで直腸は、おい、駄目だ、駐車場がないんだから、早く何とかしてくれねぇか、と大脳に言うと、大脳はよしやッというので、トイレへ行けッという。


今度は運動神経がけつまくれッ 。そこまで俺に説明させるのかい。直腸から排泄するときには、あなた方はみんなけつから出す。どんな奴でも口から出す奴はいない。出来るだけ出してしまったあとは、もうあなた方の植物神経も動物神経と関係する必要はない。あとは東京都にご厄介になる
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≪中村天風=91歳≫≪新年によせての講演≫≪恬淡!明朗!溌剌!颯爽≫

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若々しく生きるための”かわら版”≫⇒糖鎖情報や本舗

新年明けましておめでとう。

皆さんは恬淡明朗溌剌とした元気に満ちた天風精神で新年を迎えられたことと思います。新年に際し、何か私の言葉が欲しいとのことで、ここに録音をするわけだが、言うまでもなく、 新年も年末もなく一貫して必要な教義を教えられているので、特に新年だからといって特別に言うことは何もない。

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何時も言っていることを改めて申し上げる「忘れじと思う心は忘れけり、忘れて後は忘れざりけり」という言葉があるが、全ての刹那、教えの通りになってなけりやいけない。人生真理に順応した生き方になってなければいけない。こういう場合はこうしなけりゃいけないなんて一々考えているようではいけない。

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補足です】⇒≪忘れじと覚えしうちは忘れけり 忘れて後が忘れざりけり⇒忘れまい、忘れまいと覚えているうちは忘れてしまい、忘れているうちは忘れていないという意味。例えば、あなたの名前はなんですか?と問われるまでは自分の名前を忘れているように、幸せにあるいは健康になろうなろうとしている心の状態では決してなれず、何か物事に熱中したり、集中したりしている時間が全てを忘れているとても幸せな状態・・・自分の心がそれにとらわれない為にも、一瞬一瞬していることに集中するようにしていきたいと、いうことらしい≫

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それには日常の修行の実行に際して情熱の炎を燃やしてかからなければならない。単に儀式的に、習慣的にやったのでは何にもならない。朝の体操にしてもいかにもスマートにやっている人がいるが型にはまっていてもそこに燃えるような情熱がなければならない。そうでなければ、技としてはどんなに進んでもこれでは効果はない。

いわゆる尊さに慣れてしまって魂が抜けている。これが一番注意しなければいけない。不運や不健康に会うと、何か自分には業のようなものがあってそうなっていると思っている人がいるがそうではない。実行しているその仕方に情熱の炎が消えかかっているからだ。いくら言ってもいい足りないぐらい大事なことなのだ。たった今入会したぐらいのつもりで真剣にやるのがいいのだ。

Cow03【十牛の図の3番】

十牛の図の何番目の位置にあるか反省することだ。実際20年のベテランでも十牛の図の3番目にあったことに気付いて冷や汗をかいたという話がある。自分ではもうすっかり教えの通りに生きていると思っていたがと後悔したというが、後悔しただけでは駄目だ。20年でもこうなんだから、新しい人は尚更だ。

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「日々に新たにして、日々に新たなり」という言葉があるが、たった今悟ったといった気持ちで情熱の炎を持って実行するならば、毎日実行しても少しも飽きないし惰性的にならない。同じ誦句を言うのでも門前の小僧のように言ってはいけない。情熱の炎を燃やし、「力だ、勇気だ、信念だ」という時に力、勇気、信念そのものにならなければ駄目だ。

情熱を持ってやるから,やる度にその喜びを噛みしめることが出来毎日実行することが出来る。井上さんがよく、天風教義の一番の実行者は私だと言われるが私もそうだと思う。私は、天風教義の実行者としては誰にも負けない。生きている限り一日といえども休むことは許されない。時として起床出来ないときは床の中で出来る行修を行う。

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惰性的に何となく生きては駄目だ。人間の感受性はだんだん習慣的に慣れてしまう。それを常にシビアに保つためには日々に新たに、日々に新たな心がけで刻々の瞬間を過ごすようにしなければいけない。今までのように、この教えから離れて惰性的に生きてはいけない。これ以外に、人間として尊く、強く、生きる方法はない。折角の教えを聞いても、そのときは納得しても、さっぱり行動しない者もいる。

Kounosuke宇野千代著「天風先生座談」に書かれた松下幸之助の帯書き!≫


諸君はそうしなければ生きていけないんだということを考えないんだなあ。私は諸君に、時によってはこうあるべきだが、時によってはこうでなくてもいいよなって言ったことは一度もない。教えを生活から離してしまうからいけない。

「ずっと、そんな事しなけりゃいけないんですか」などと聞く奴が居る。「しなければいけない」と断言する。一日の内に、何時間か死んでいる時間があるのならともかく、ずっと生きているのなら、一瞬も見失っては絶対いけない。生きるというのはそういう事なのだ。もう、少しぐらい今は休もうとか、この問題は少し目をつぶってなどという例外は一つもない

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「日々新たにして、日々是新なり」、新年に限らず、もう一瞬一瞬に、初めてその真理に気付かされた時の感激を以て 真理に即した生き方をする事を祈念する。およそ生きているものは全て、その与えられた摂理に従って生きなければその生命を全うすることは出来ない。

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新幹線はあのレールの上に置くから200kmのスピードが出せるのであって、高速道路の上に置いてもその能力を発揮する事はできない。人間として、あるべき心の持ち方、身体の処し方、日常のあらゆる瞬間に正しい処し方がある。これを踏み外して、なんぞ生きがいのある人生を送ることが出来ようか。新幹線をレールの上に置かずに道路の上に置いたようなものだ。これだけ言っているのに、今年不運や不健康に見まわれたらそれはこの教えを忘れたからだと反省してすぐにこの道に戻るようにしなさい。

改めて、この講義を聴く前より元気になって生きることを心に期してこの講演を終わります。


Img9943f2d9zikazj■昭和41年 「新年によせて」の講演より 
天風翁=90歳 京都天風閣にて

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≪中村天風≫≪村里泰由講師≫≪笑い!笑顔!≫≪心身統一法≫

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若々しく生きるための”かわら版”≫⇒糖鎖情報や本舗


「マザーテレサを探すなら、笑い声が聞こえる処を探しなさい!そこにマザーテレサが居ます」中村天風翁も「笑顔をしてごらん!ウソでもいいから笑ってみるんだよ」と・・・・


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昨年”中村天風「心身統一法」の講習会に赴いた。会場に入ると机という、机の上に自然にコチラも「ウフッツ!」と笑みを漏らしてしまう一枚の「笑いの老婆」?のカラーコピー紙が置いてあった

講師は、自称”笑いの仕掛け人?”「村里泰由」先生!お題目は「心の使い方を考えてみよう!」全員に配布された画像は「少女の笑い」という彫刻像で、あの長崎の原爆【平和】記念像の作者「北村西望」氏の作品の画像だったわけです≪北村西望氏は天風会の会員だった事を隣に座った方がささやいてくれました≫

Photo【少女の笑いを真似て「村里の笑い」を公演中にやって見せる!村里講師】

今回も満面笑みで登壇!「楽しいから、笑うのではなく、笑うから楽しいのです。」「取り合えず、つくり笑いでもいいんです。楽しさがあとから追いかけてきますから。」「話が退屈で寝てしまっても構いませんが、、、、」「・・・?」
「机の上で、寝返りだけは打たないでください。」笑い方後ろ向きでは笑えない…批判は人の耳を塞ぎます、笑いは心の窓を開きます
今日は「心の使い方を考えてみよう」という題目でお話を進めていきます「力を言い切る想いが章句に 天風会でない方の章句は心と体がバラバラになっている方が多いです。12月8日の新聞に命の元?元気の元=それは何?隕石が大気組成となって、基本物質であるアミノ酸など…グリシン・アミン水と炭素・鉄が生命現象はエネルギーから元の気はエネルギー・・・・さてさて、その前に

Oknlesqw6019810⇒【この”笑いの犬”】天風哲学を学ぶ埼玉県飯能の集い”事務局「田中」さまのブログより

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【日本を縦に歩いてみたい】その一人歩きのツイッター・アカウント⇒@nipponzyudan

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■北海道から沖縄に観光で行った友人が地元の人に聞いたそうです!本当にハブはいるのですか?地元の人は云いました、イエス、アイ、ハブ!・・・
■マジックはお好きですか?人を消すのを観たことあります…まるで社会保険庁だね!・・・
■新型インフルエンザの対策で手洗い・うがいの励行が云われていて先日も公園で見かけました!足まで洗っている人がいました…ヤクザやさんでしょう!・・・

■あなたの周りにもいません?何でも知っていると自信家の方、そんなご婦人と連れ立って私の友人の奥さんが美術館に絵画を鑑賞に行ったそうです!奥さん、これルノアールよ…近くにいた館長がそれはモジリアニですよと~チョットこれはゴッホよ、またまた館長が近づいて来てそちらの絵はモネでございます、これこれ、目があっちこっちで鼻は2時8時?これはピカソに間違いないは側にいた看守がいえ、奥さま、そちらは鏡でず…あらっ!

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皆さんのお手元にある写真は老婆のように見えますが、実は少女なんです函館に行った折に、あるお店でこの像を見た途端その前に釘付けになってしまった直ぐに購入して帰り今は会社の玄関前に置かれてあります少女の笑いと云う作品で、あの長崎平和記念像の作者北村西望の作品だったのですよ

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ラミレスの共鳴箱を持ち出して、心と心が共鳴するには輪ゴムを掛けては共鳴しない、出来るだけ、命に喜びの時を多く味あわせなさい、それが生きるということなんですぜ!その為には、心!心の使い方を大切にしなさいと・・・


今日のタイトル心の使い方を考えてみよう心の使い方ー観念要素■積極化しなさい
■固定化して使いなさい
■統一して使いなさい


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【固定化】=さしずめ新幹線がレールの上を走る力を発揮するかの如く~受け手のラミレスのようにー輪ゴムを掛けず素直に正しく心を使いなさいよ…観念要素の更改を味方にしなさい
積極化…見えない心の意識(潜在意識確固

【固定化】…本当の安定=心、安定打座法~三大密教

統一して使え…心の使い方を考えよー精神統一…一心不乱にひたすら、がむしゃらでなく、」そのためには真人生の探求の181ページに答がある=心の持つ性能を完全発揮!不動知神妙録=心が事・物をつかまえていくのは、赤き葉一枚をみる=剣を合わせる時に葉を見て木を見る

天風会で云う心の使い方、効率の悪い使い方、上の空でウッカリと 分散業の使い=気が散っている状態ドアが開くと散逸他動的に=how to do急興慢価=イソグトキオモシロイ分散し易く~ー4つの時に特に興主観的が薄いと多くの事に気が分散毎日、同じ記事の新聞が届く、見て読んで面白くないー…大学出ていなくとも死ぬときは死ぬー

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天風先生は切り替え【心の】が早かったタイプを打ちながら尋ねた事に即答するのだから聖徳太子もそうであった?・・・積極体操オンニュートラオフ無による集中転換・・・・ある修行中の弟子が師に尋ねた、このままで何年で免許皆伝に?五年だな?寝食忘れて努力したなら?十年だな!死に物狂いでやったなら?一生とれないだろう!・・・沢庵禅師=石や木のように動かない訳でない、前後左右、四方八方へ自由に【動かざる石の如くでない】心を瞬時たりとも、そこに留めないクンバハカで意識を明瞭に!=普段からの心がけですぞ【ハッキリとした心持ちを】

何事も興味本位だけでは駄目【慢】=上手の手から水が漏れるー分散する・・・【価】=のない事・少ない事~4つの時は特に気をつける⇒良くない例=分散系・固着系・囚われてはダメですぜ、囚われちゃ⇒滞り状況パソコンのフリーズ状態・・・方向学に捉われて真北に大安・仏滅さんりん亡はどの方向?心を捕らわれる事は「曇ったメガネをかけて世の中見ているようなもんだよ・・・・天風翁・・・良い使い方・心の使い方ー心が事故を求めて来たとき=曇ったメガネを拭くようなものさー使い方だよ

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猿に鳥もち 溺れ 傾注 他に転換できない【他に振り替えられない時は固着系=正しくない!粘り強さと執着系は似て非なる【有意注意】←→ 【無意注意】・・【主導】・【能動受け身】・【他動】……有意集中指差し確認のようなもの

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「二日酔いで近眼が曇ったメガネをかけて風呂に入っているようなものだ」本当に天風先生はうまい事を云う!こうも言う「くもったらメガネを拭くだろう」分散有意集中していく⇒固着無意転換していく!他動か主導か可能だ

≪ハウトゥドゥ=訓練法≫
時間と仕事を特定してその時間だけ気をこめて過ごしなさい【1日の内のその時間】魚の採り方を教える人は少ないが、食べ方は多くの人が教えるものだ!行修会へ行こうとする気持ちが元気にするのであって、行修会で元気になるのではないからだ!汚れも濁りも全て澄み切った心で出来ること【心の余裕が出てくる!葉っぱの上の露を集めて墨をすずりて文を書く

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「成功の実現」 第八章にはこう書かれてある!心が物にとらわれない、心の前にあらわれた物すべて受け入れる⇒磨きかけの真珠を薄霧で包んだように働かせる事だよ、安定打坐はきいている音を受け入れるだけ、音を取りにいくのではない!意識が働いてしまうだろう・・・さてお時間も残り少ない「ユーモアのない人は、スプリングのない荷車のようなものとよく言われます。」そうはなりたくない!ここでチョット「お笑い・・・」

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Photo_6■【結婚とは=判断力】そして【離婚とは=忍耐力】なんと【再婚は=記憶力】


■浜松のウナギは西洋料理?それとも日本料理のどちらでしょうかと外国人に聞いたところ⇒それは洋食(養殖)でしょう!
■「電車の中で、苦しそうで、つらそうなすごいかをで寝ている女性を見かけたりしますが、、」「実は、笑顔で寝ると、いい顔になってくるそうです。」「………  」「ドモホルンリンクルなんか問題にならないんです。」

■「アメリカのライスさんは何でライスなの?」「べいこく務長官………  」
■「フランスの のりはうまいんだってね~」「えっ、フランスの海苔?」「…パリ パリ………」「………  」

■「ねえさん  いきだね~」「いや、帰りだよ」
■「長屋である男性二人がしゃべっていると、ネズミがサササーッ」「今のネズミおおきかったな~」「いや小さかったよ!」「いや、おっきかった!」「いやいや、ちいさかった!!」「そこへ  ねずみが     ちゅーっ」「………  」

■「ある大学病院で、、、」「先生、わたし手術 はじめてで 不安で不安で、、、、」「大丈夫ですよ、、、、、、、、、、私も はじめてですから!」「………  」「………  」

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心身統一法の本論に引き続きましたが、ここでは省かせていただきます!是非「真人生の探究」「成功の実現」「運命を拓く」等々本を読まれるか!講演を聴きに行かれる事をお奨めします

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≪中村天風翁≫【ソリロキズム】≪アウグスティヌス≫【ソリロキア】                             現代版 ”Twitter”⇒”ツイッター”

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哲人”と東郷平八郎元帥に言わしめた、中村天風ご自身書が著述した本は「真人生の探求」ほか3冊しかないのです!≪講演口述も入れると7冊かな≫

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講演・ライブこそが魂を揺り動かすと”天風”先生が信じていたからでしょうか?その意を受けて、講演内容を本という媒体に置き換えて出版をしたのが日本経営合理化協会

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「成功の実現」という素晴らしいネーミングもあってか一冊が「一万円」の本が売れていく理由ここにありですかね?この書!読んでいく内に、”天風”の講演会場に今まさにいるという臨場感に見事に落居ってしまいますよ・・・・・・・

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あるニューソート派の友人のコメントでも、プラス発想のアメリカ型ニューソート理論とはかけ離れているものと!独自の「天風哲学」とも「天風教義」ともいえる30代後半から92歳で天寿全うするまで話し続け、語り続けた講演内容・・・その冒頭部分をJMCAが豪気にもネット公開していました!


【天風先生が1919年(大正8年)一切の執着心(社会的身分・財産を処分)を捨てて、街頭(午前中は上野公園の精養軒の前、そして午後からは芝公園)にての辻説法を始めた・・・・・・・「つぶやき」と言えば「つぶやき」だなぁーといったか!どうかは???】


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昨年の11月頃には世界中で5千万人の登録【アカウント取得者】が年明けの成人式前後に一億人の登録というTwitter⇒ツイッター!日本では「つぶやき」と訳してドンドンと広がっているのだが、中村天風翁の積極精神作成の実際方法として三つの方法⇒【観念要素の更改】【積極観念の養成】【神経反射の調節】と、もう1つ必要な方法があると「心に成功の炎を」に記載されているのが「”つぶやき”の自己暗示法」だ!


■「つぶやきの自己暗示法■

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≪低級な欲望や劣等感情情念がヒョイと心に中に発動してきたなと思ったらね、【ソリロキズム】というのをやってもらいたい。日本語に訳すと「つぶやきの自己暗示法」と言いましょうか≫・・・⇒さするに【ソリロキズム】=【つぶやき】ということか?


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【ソリロキズム】をグーグル検索してみたが、天風師に関わることしかヒットしない⇒すなわち天風翁の造語ではないかと?と情報や本舗は解釈しました!そこでさらに検索中に「ソリロキア」!という言葉が出てきた、調べるに紀元354年ー430年の守護聖人「アウグスティヌス」の最初の著書といわれる「≪ソリロキア≫」でこの意味が”私との対話”(昭和17年の古書ー翻訳版)”自分が自分へ話しかけ”ということは”つぶやき”じゃないですか!

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「アウグスティヌス」にとっての真の転換は≪ソリロキア≫による瞑想の発見!ソリロキアは「一人で語りあう」という意味の「アウグスティヌス」にとってはどうしても必要だった想像力による対話方法である・・・と「告白論」?で論じている

Tempu3鳥の「さえずり⇒tweet」を聴く天風翁!


Aaaaa_2天風翁は本の中で「何も口にブツブツ出さなくてもいいんですよ。観念でひとりごとを言えばいいんです。「こんなことに腹が立つか。こんなこと悲しくない。自分はそれ以上すぐれた心の持ち主だ」というふうに、自分自身が一人でつぶやくのを、ソリロキズムと言うんです。これがまたばかに効き目があるんですよ」


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古書「ソリロキア」は3世紀後半、そして「心に成功の炎を」が20世紀後半⇒いま、タイムスリップすればお二人ともツイッターをしているのでしょうかね

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≪鞍馬天狗とは≫≪中村天風がモデルで≫≪大仏次郎が書き下ろした≫

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「中村天風」が「鞍馬天狗」だった?と書き込みしました!⇒【その書き込み】ここの経緯がとても気になっていて、天風会員の方に尋ねたり、ネット検索したりしていたところ

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天風先生がご自身で、講演でよく言われていたよ!と大佛次郎が中村天風翁をモデルにしたことは事実なのか!ここから一歩踏み込めたらと、思っていたところに「青い鳥」が飛び込んできた


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友人から経緯が、それも天風先生が講演で話されていただろうと思われる内容をどうやら天風先生にあやかっての、ことばを変えれば成り切っての真偽定かではない情報でした!いずれにしても興味津々の内容で、このところ中村天風での検索が多くなってきていること早速に書き込みを!【亡き天風後ではテープそのものを聴かなければ信憑性の確証が得られないのが残念ではあります】


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諸君元気ですかい、天風であります。今日のテーマは「大仏次郎の鞍馬天狗」です、天風がモデルであったことを知っている人は、知っているね!知らない人は、知らないね!


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私が支那の革命戦争を終えて帰ってきて、東京で私の歓迎会を友人が開いてくれたときにちょうど、まだあまり世の中に出ていなかった≪大佛次郎≫がその席に来ていた。本名は野尻清彦で1897年(明治30)横浜に生まれで、ペンネームは、鎌倉の大仏裏に住んでいたことによるそうだ。

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上野精養軒の支配人の石坂徳三郎という人から私の身の上話を聞いて、非常に興味深く思ったんだろう。「先生のお話をうけたまわるにつれ、もしも先生が幕末維新の際に生きて活躍していたら、こうもあろうかということをテーマにして、一つ小説を書かせていただきたいと思いますが、いかがでしょうか」それは自由ですから、小説家は想像を天基に生きているんですから。


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「ご自由に。ただ本名を使われると、そいつはいかんな」・・・「いえ、いろいろ考えましたが、『鞍馬天狗』という名前にしようと思います。ただ、先生の人間的な性格を根底にしてどんなものが書けますか、一つ書いてみようと・・・」
「それは面白い。書いてごらん」と言ったのが動機で、最初にできたのが「御用盗異聞」ていうんだ

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頭山満翁に預け置かれた中村三郎こと天風が軍事探偵【陸軍中野学校の前身】としてのすさまじい活躍は、実弟の浦路耕之助(筆名)が『ある特務機関の話』として書いた、それを脚色『満州秘聞<』の物語として昭和7年には新国劇で上演され、島田正吾が中村天風役で演じていて、観劇に言った頭山満翁が「天風、お前の方がよか男じゃ、舞台に出て、やれ」と言ったそうです。ただし、どの章が『満州秘聞』の元になった話であるかは断定出来ませんでした。

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当初!鞍馬天狗の作者・大仏次郎、満州当時の背景で小説を書き下ろそうと思ったのだが、あまりのすさまじさ・あまりの生々しさに、ためらいを感じ。倒幕に奔走する勤皇の志士、それに立ちはだかる新選組の幕末の時代に置き換えて、悪を懲らしめ、正義の刃をもって庶民を助け、一方では倒幕派の危機を救う、“鞍馬天狗”を作り上げたようである。溌剌!颯爽!と現れる鞍馬天狗こそ、中村天風先生そのものなのです

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【中村天風】≪心を空にする≫【沢井 淳弘】≪心身統一法≫≪真人生の探求≫

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スペンサージョンソンが10年ぶりに出した本「頂はどこにある」を求めて書店に駆けつけたところブックカバーの目立つ事といったら、その黄色いカバーには驚かされた!


それも中村天風の本だったからかも知れません?表題が「心が空になった」とその文字は先日、日本のリーダーとなった鳩山さんが勝負の?ネクタイの色「ゴールド」なのです、そして著者は沢井 淳弘氏・・・・拾い集めたコメントを

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「心が空になった時、人間はいちばん強くなる」と天風先生の生涯・どう伝える、どう伝わるかの方法論・天風先生の私の個人的に語る人生観など講話に基づく話で書かれている。


「心身統一法」を読みやすい文章で極めて明快に解説した、天風哲学のエッセンスでもあるとあった!また120分で読める、あなたに幸運をもたらす書であるとも。!

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アマゾンの「なか見!拝見」で立ち読みできます


■その”なか見”を一部、覗いて見ましょうか?⇒ 【心を空にする】


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カリアッパ】  「どうだね、その雲を見入ってウットリしたとき、いつもお前の心の中に、はりついていた、病からくる苦痛・・・あれをおまえは心に感じていたかい?」

【天風】  「いいえ、全然感じていませんでした」

【カリアッパ】  「そうだろう? 無心になっていた時、おまえは肉体に病があっても、ないと同様に、おまえの命は生きていたのだ」


Brainfunction

…考えてもみろ、病から心の離れたときには、病があっても、その人は病人じゃない。運命が悪くても、心がそこから離れていれば、運命の悪い人じゃない。

…たとえ病がなくても、病のことを心配すれば、病があるのと同じだ。運命がよくても、悪い運命のことを考えてりゃ、運命が悪いのと同じだ。


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すべてが心の置きどころだ。心を苦しめたくなければ、時にふれ折にふれて、心に天の声を聞かせろ。声なき声のあるところこそ、ほんとうの心の安らぎの場所だ。たまには心を休ませてやれ。

すると本然の力が命の中に働き出す」カリアッパ師が中村天風に語った言葉です。

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中村天風氏が上記に出てくるインドの大僧正カリアッパから学び体験した事を日本に戻り、天風先生自らが集大成した「心身統一法」について、分かり易い言葉で書いてあるといっても「心身統一法」についての知識が全く無い人には、終いの方に書かれてあることは、分かり難いかも知れませんね。

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それは、「心身統一法」が奥深く、かつ実践を伴わないと理解をすることが、難しいのでは とありました!検索サイトの書き込みには 初めて読む人には、天風氏の著書【真人生の探求】か、講演を書き下ろしたもの【宇野千代さんの天風座談】等を読まれることをお勧めしますと、さすれば数倍得るものが有ると思いますと!

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真人生の探求』は天風先生が体系化した「心身統一法」の真髄を書き記したものです、天風先生は生涯に3冊だけ書いた内の一冊であり、「心身統一法」の教科書と、いえるものです!ほかには、心の在り方について深く考察した『研心抄』、身体の在り方について教示した『錬身抄』が・・

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